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第1章 願望実現の方法より
アラヤ識原理気にしていることは起こるある日、ひとつの不思議なことに気づきました。その不思議なことというのは、「気にしていることは起こる」、つまり、それが望むことであれ、恐れることであれ、強くそのことを考えていると、考えたとおりのことが実現するというものです。
不思議と思ったきっかけは、こういうことなんです。私の生まれは長野市なんですが、16歳の高校生のときのことです。当時私は、油絵をやっておりまして、ある時、町の通りでふとすれ違った2、3歳年上の女性が、素晴らしい美人でした。この女性を何とかモデルにして描いてみたいものだとこう思いましたら、若い時というものは直情径行というか、もう見境がつかないんですね。彼女のあとをつけていったんです。そしてとうとう、彼女の家までついて行って、家にまで入っちゃった。
そしていきなり、「すいません、僕、あなたをモデルにして絵を描きたいんです」とこう言ったんですね。彼女は、一瞬驚いたけれども、私が年下の男の子ですから、むげに怒りはしなかった。ところが、具合が悪いことに、そこへ彼女のお父さんがでてきて、「こいつは誰だ」「いま初めて見た人です」「何か用か」。そこで私が「彼女を絵のモデルに」と言ったら、こいつとんでもない不良学生だというわけで、たたき出されちゃった。
ま、これはあたりまえのことですが。さて、その年の夏、長野県と群馬県の境にある万座温泉というところに、私は同級生たちと遊びに行ったんですが、旅館の窓から何気なくむかいの窓を見あげると、そこに例の彼女の横顔がある。もう夢かとばかり驚きましたね。そこですぐ、彼女のところへすっとんで行ったんです。
今度はこわいお父さんはいません。「まあデッサンぐらいならいいわ」と言うんで、彼女はモデルになってくれたんです。さて、話はその後なんです。長野市というのは狭い町なんですが、それまでは私は彼女に出会ったことがなかった。ところが、一度会って、美しいなと思い、心をときめかせ、その後温泉で再会してからというものは、実に頻繁に出会うようになったんです。
学校の帰りに善光寺の裏から歩いてくると、むこうに彼女が歩いている。「あ、また会えた」、うれしいですね。そのうち、この路地から大通りに出ると、彼女が左のほうから歩いてくるような気がする。そういうイメージが頭のなかにうかぶ。はたして彼女が来るんです。ばったり会う。実にうれしかった。
何ということはない。顔を見るだけなんだが、若いころは、それだけでうれしい。これは事によると、俺に超能力ができたのかと、そう思いました。それだけだったら、あまり不思議とは思わなかったんですが。それから4年たち、20歳になったころ、今度私は恋愛をしました。それでいま思っても彼女に気の毒なことをしたと思ってるんですが、相手の女性とつき合っているうちに、彼女に飽きちゃった。嫌いになったってわけでもないが、若気のいたりで、「別れよう」なんて冷たく言ってしまった。
むこうは非常に恨みがましい目でじっと私を見ていました。何とか別れを宣言したあと、彼女にだけは会いたくないと思っていると、先ほどと同じ現象が起きたんです。実に頻繁にその彼女に会うんです。この路地を出ると左側から彼女が来るというイメージがうかぶと、本当に来る、ぎょっとする。
映画館で後から肩をたたかれて、とびあがったこともあった。さっきのは心ときめいてうれしい。今度はぎょっとして。まさに「気にしていることは実際におこった」わけです。
前者は私が望んだこと、ところが後者は恐れたことなんです。恐れたことなのに、起きた現象は同じである。どうしてこんなことが起きるんだろう。しかもテレパシーみたいに彼女が来るのがわかる。どうもこれは自分の心か何かに彼女を引きよせる力のようなものがあるんじゃないかとこう考えはじめたわけです。 …つづく
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