竹下和男の良書との出会い
第5回:戦いに勝つ――
「五輪書」(宮本武蔵)
 バブル崩壊後の今日、企業は勝者(勝ち組)と、敗者(負け組)に明確に分かれる激しい競争時代に突入した。

 ではこの競争という「戦い」に勝ちをおさめ生存を確かなものにしていくにはどうしたらいいか。

 宮本武蔵は、生死の間を出入する格闘者として、幾多の修羅場を生き抜き、生涯不敗を貫いたことで名高い。

 著書「五輪書」は、武蔵が自己の試合を振り返り、「勝負に勝つ」ための要諦を直裁な表現で表わした書物であって、命のやり取りという、過酷な現実のなかで、心理戦を含めて、勝つための手段が総動員されている。

この幅広い視野と具体性・実用性という点で他の類書をダントツに圧倒しているのだ。 従って専門家の間でも、柳生宗矩(やぎゅうむねのり)の「兵法家伝書」とならんで、近世武道伝書の2大巨峰として高い評価がなされている。

 米国でも”The Book of Five Rings”というタイトルで英訳されて、数十万部が売れ、特にエリート・ビジネスマンには文化の違いという壁を突き抜けて広く愛読されているという。

 「五輪書」は、「地之巻」・「水之巻」・「火之巻」・「風之巻」・「空之巻」の5巻からなるが、実は、各巻の名前と内容は特に関係ない。

 さて、それでは、特に興味深い「火之巻」・「風之巻」の大要を紹介しよう。


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火之巻――実戦に臨んで敵に勝つための要諦の説明

 1.場の次第------(環境を活用せよ)

 2.3つの先手をとる法

 3.枕をおさえる------(出鼻をくじけ)

 4.渡を越す------(急所を乗りきる法)

 5.景気を知る------(敵状判断) 

 6.剣をふむ------(敵を踏みつけよ)

 7.崩れを知る------(敵の崩れる時機を見落とすな)

 8.敵になる------(敵の立場になって判断せよ)

 9.四手をはなす------(膠着状態を打破する法)

10.影を動かす------(誘いをかけて敵の意図を見抜け) 

11.影を抑える------(相手の意図を事前におさえよ)

12.移らかす------(心理的な遠隔操作) 

13.むかつかせる------(相手の心の平衡を失わせよ)

14.脅かす------(相手の心をおびえさせよ)

15.まぶるる------(混沌戦術)

16.角にさわる------(相手の急所を突け)

17.うろめかす------(相手を狼狽させよ)

18.3つの声------(前半・中半・後半と掛け声を変えよ)

19.まぎれる------(攻撃・転進・攻撃とつづらおりの様に攻めよ。
            車掛りの戦法に近い
)

20.ひしぐ------(一気に押し潰せ)

21.山海のかわり------(同じことを3度するな、マンネリズムの打破と
               新商品開発
)

22.底を抜く------(相手に余力を持たすな)

23.新たになる------(方針転換を思いきってやれ)

24.鼠頭午首------(そとうごしゅ、大局を忘れるな)

25.将卒を知る------(主導権を握れ)

26.柄(つか)を離す------(持っている武器にこだわるな)

27.岩尾の身------(岩のようにどのような攻撃にもたえ動かされぬ様になれ)

 風之巻――他の流派との相違点を説明

 1.他流が大きなる太刀を持つ事------(ただ太刀が長い事だけに頼るな)

 2.他流における強みの太刀------(太刀でただ強く切ろうとするのは
                      意味がない
)

 3.他流が短い太刀を用いる事------(小細工を労して後手に回るな)

 4.他流で太刀数の多い事------(ただテクニックを多く知っていればいい
                    というものではない
)

 5.他流で太刀の構えを用いる事------(固定した構えを取るな。先手先手
                        と攻撃するのが重要
)

 6.他流の目付け------(表面の現象に惑わされるな。物事の本質を
               見極めよ
)

 7.他流の足づかい------(自分のペースを乱されるな)

 8.他流の兵法で早いことを重視する事------(能率のいい人は返って
                            忙しく見えないものだ
)

 9.他流の奥・表という事------(本来、奥義・秘伝などはない。ただ物事の
                   真髄・基本をシッカリ教え学ぶ事が肝要だ
)

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 どうであろうか。確かに分かりずらい古語は混在しているけれども、難解な言葉はなどなく、説明が極めて具体的で簡明なことに驚かれたにちがいない。

とりわけ、火之巻を中心とした個々の多様な概念の提示に、底知れぬ奥深さを感じられた方も多いのではないだろうか。

 五輪書は、主に剣を使った格闘技が考察の対象になっているけれども、現代の活社会にあってもその応用・展開は無限にあるのだ。

その言葉をよく熟読した上で、著者の説明と多少ズレたり、概念を拡張・拡大解釈しても、もし大きな効果があれば実用の観点からなんら問題はない。

著者自身も各文の末尾に、各人の創意・工夫を奨励しているのだから、著者の趣意にも沿っている。またそれが実行可能な点がこの本の凄さでもあるのだ。
 では、例を引いて説明しよう。

 1.敵になる(火之巻8) (敵の立場になって判断せよ) 
   ボンヤリしていると短期間にシェアが逆転してしまう激しい競争社会にあって、 企業は意外なほど競合相手のことに無知なことが多い。

とりわけ、技術陣の強いところは、自社の競争力を過大評価しがちである。そこで、自社の社員の1人にいったん愛社精神を捨ててもらい、ライバル会社の社員に成りきった先入観なしの自社評価をしてもらってはどうだろうか。

その社員には、自社製品は一切使わせず、日常ライバル会社の製品を使用させてビシビシ注文をつけさせるのだ。

また敵とは言えないが、同様にして一般消費者に成りきって大局から自社の競争分析をしてもらう方法もある。

 2.小櫛(おぐし)の教え
  五輪書はもともと著者の「兵法三十五箇条」をベースに書かれたものだが、この教えについてはなぜか、三十五箇条にあって五輪書には記載がないので紹介しておきたい。

武蔵の説明とはズレがあるが、この教えを私はこう拡大解釈している。

 髪をとかすとき、髪のほつれで櫛が引っかかることがある。ビジネスでも同じで、部下の報告を聞いたが、いま一つ曖昧なことがあったり、契約の際文書が曖昧で、解釈次第では契約の効力に大きなちがいが生じうる箇所があったりする。

こんな時、直感的になにか引っかかるものがあったら、その時点で明確にしておくことが必要だ。

それが作為か不作為かを問わず、曖昧なまま放置しておくと将来思わぬトラブルや紛争の種になりかねないからだ。

この様に「五輪書」、は今日の厳しい競争を勝つために、応用次第でいくらでも活用のが効くありがたい本なのだ。

外国でも、エリート・ビジネスマンが愛読している「五輪書」だ。同じ日本人の我々もこの良書から、剣聖宮本武蔵の智見を学び生き抜いていこうではないか。

    (神子侃、徳間書店、¥1,800/ 渡辺一郎、岩波文庫、¥800)

【評者からのお知らせ】
 第2回で宮崎市定の「論語」を取り上げましたが、この度、訳解篇だけが独立して文庫化
されました。            

                 (岩波現代文庫、2000.5.  ¥1,200)

竹下和男
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竹下和男著
『天才と本質』
歴史に確かな業績を残した20人の知恵

アーカイブス出版編集部刊 1575円
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