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| 世間には、記憶力と創造力は、相反するものであるという誤解があり、記憶術など一種のまやかしで役に立たないと思われているむきもあるようだ。 だが「記憶術」はまやかしどころか、その歴史は遠く2000年以上前の古代ギリシャにまでさかのぼる。まだ紙など書きしるすものが十分手に入らなかった時代、ギリシャやローマの雄弁家たちは、この記憶術を使って原稿なしに長時間にわたる演説を盛んに行なっていたのだ。 近代科学の生みの親ともいえるニュートンが、自分は巨人の肩(先人の研究成果)に乗っていたので遠くまで見ることができたのだと言っているように、十分で正確な知識を記憶することは、創造力を阻害するどころか、創造の源泉になっているという認識に立って記憶術の有用性を再認識すべきであろう。 記憶術が文献上はじめて登場するのは、前回紹介した、キケロ「弁論家について」 「自分は記憶術を最初に発明したといわれる有名なケオス島のシモニデス(Simonides)に感謝したい。こんな話が伝わっている。ある時、彼はテッサリアのクランノンに住むスコパスという大金持ちの貴族の館で夕食に招かれ、主人をたたえて彼が書いた抒情詩を歌い、次に習慣に従って彩りをそえる目的でギリシャ神話のカストルとポルクスに関する長い1節を吟じた。 すると、ひどく意地の悪いスコパスはシモニデスに約束の礼金の半分しか払わない、もし帳尻を合わせて欲しかったらテンダレウスにいる息子たちへの賛辞を書いて後の半分を受け取ってもらいたい言った。 そのちょっと後に、戸口の所でふたりの若者が待っているという使いが来てシモニデスが席を立ち外に出てみたが誰もいない。ところが、彼のいない間、スコパスが宴会を開いていたホールの屋根が落ち、スコパスとその親族は建物の残骸に押しつぶされて死んでしまった。 スコパスの友人たちは彼らを埋葬したかったが、全く押しつぶされて誰が誰やら区別ができない。シモニデスは彼らがテーブルによりかかっていた場所を思い出して誰かを判別できたのでやっと別々に埋葬できた。この事件がヒントとなってシモニデスは記憶を明確にする最大の助けは整然とした場所の配置にあるという発見をした。」 (Cicero: De Oratore Books 2、Harvard- LOEB CLASSICAL LIBRARY pp465-7 ) シモニデスを惨事から救ったふたりの若者は、カストルとポリクスの兄弟神の化身であったわけだが、それはさて置き、このエピソードによって、彼は覚えたい事柄を特定の場所に結び付けて記憶すると忘れにくいという「場の記憶法」(ローカス)の発明者という栄誉を担うこととなった。 古代ギリシャ人による記憶術に関する資料はかなり存在したと想像されるが、それらはすべて失われてしまった。だが、その技術は生き残り西暦1世紀頃ローマ人によってさらに発展させられた。その代表作が、やはりキケロの「ヘレンニウスに与える修辞学書」であって、「発想論」とともに、「キケロの修辞学」として、中世ヨーロッパで熱心に学ばれ、13世紀以降は、ラテン語から、フランス語・イタリア語等に翻訳されて多くの学習者を獲得していった。 「ヘレンニウスに与える修辞学書」(AD HERENNIUM)は、記憶力を鍛錬するためのルールを精緻に論じた専門書であり、次のような記述がなされている。 「膨大な資料を記憶しようと望むなら、数多くの「記憶の場」(ローカス)を用意しなければならない。重要なのは、それらの場所は連続したものでなければならず、その順に従って記憶されなければならないという点である。そうすることで、一連の場所のうち、どこから始めても、正順・逆順どちらにでも進むことができる。」 「場(ローカス)になるのは、たやすく想起される場所、たとえば家、柱間、街角、アーチ門などである。馬やライオンやワシといった種族を記憶したい場合には、これらの生き物のイメージを、それぞれはっきりと定まった<場>におかなければならない。」 (Cicero: AD HERENNIUM Harvard- LOEB CLASSICAL LIBRARY pp207~225) そして、物と場所を結びつけるには、なるだけ突飛な連想をせよとも言っている。 (注:AD HERENNIUM は、エラスムス(1466-1536) の研究でキケロの著作ではないとされ今日に至っている) 中世には、スコラ哲学者たちが、宗教や倫理学を教えるのに、この記憶術が利用された。ルネッサンスをむかえると、カミッロ(1480-1544)やブルーノ(1548-1600)などの記憶学者が登場し、特に、カミッロは、記憶すべきものを神々の肖像や飾り円柱に結び付けて記憶する「記憶劇場」を考案した。16世紀末のイタリア・イエズス会宣教師、マテオ・リッチの生涯を描いた「マテオ・リッチ、記憶の宮殿」第1章にこの記憶の劇場の記述がみられる。 (参考文献) 1. 記憶術の歴史については、イエイツ「記憶術」1993・6 水声社が詳しい。 2. スペンス「マテオ・リッチ、記憶の宮殿」1995・1 平凡社 18世紀になると、合理主義万能の時代となり、記憶に関する研究は生物学の一部門に組み込まれ、人々の興味は、脳の記憶システムの解明に集中されるようになった。創造性を伴う技術としての記憶術は衰退し始めた。19世紀には、ビクトリア期の教育方 法に顕著に見られるように、機械的な暗記や反復学習が記憶する行為と考えられるようになり、記憶術は排除され、丸暗記することが、教育システムの基本となった。そしてこの考え方は今日の学校教育にまで色濃く残されることになったのである。 20世紀になると、ロシアの心理学者ルリアが1920年から50年にかけて、大変興味深い研究を行った。対象は、当時、新聞記者をしていたラトビア生まれのユダヤ人、シェレシェフスキーで、他に例がないほど強大で異常な記憶力の持ち主であった。 研究の結果、彼の類まれなる記憶力の秘密は、古代ギリシャ以来の「場の記憶術」を用いていたことと、場と覚えたいものを結合するとき、異常なほど五感が鋭くなる「共感覚」が働いていることを解明したのである。こうして、古代ギリシャ人やローマ人が用いていた記憶術が、人間の脳の機能に実に適合した優れた方法であることが再確認されたのである。 (参考文献)ルリア「偉大な記憶力の物語」1983・11 文一総合出版 次に、日本における「記憶術」の歴史をみてみよう。 私の知る限り、わが国で最も古い記憶術についての文献は、青水先生口授「物覚え秘伝」で、井上円了講述「記憶術講義」哲学館発行 明治27年2月発行の付録として記載されたものである。この秘伝は、明和8年、1771年の発行とあるから、現在から約230年前にさかのぼる。この書の一部を紹介してみよう。 「ここに老人あり。器物の名目(名前)を人の語れるまま、ただ一度聞きてよく暗誦せり。その器物とは、 1. 手ぬぐい 2.火鉢 3.毛せん 4.すずり箱 5.琴 6.末広(扇のこと) 7.文箱 8.鏡 9.鍋 10.茶碗 以上10種、いかにして記憶せりやと問う。 答えていう、 第1の頂き(頭の上)に手ぬぐいを置くと例え、第2の額に火鉢の火を例え、第3の眼に物見せる、もうせん、と例え、第4の鼻に、すずばな、すずりと例え、第5の口に、言葉の琴を例え、第6、喉にのどを通れば末は広しと例え、第7の乳に、文箱の房(ふさ)あり、乳房と例え、第8の胸に、胸に鏡と例え、第9の腹に、鍋いっぱいの食は腹ふくるると例え、第10の臍(へそ)が、茶を沸かすと例えた。かくのごとくして記憶せりと言う。 皆々、大いに絶倒(大笑い)す。・・・・・ 源氏64の題を記憶せんとならば、人体にては「種」少なし。故に、種を広く取ること肝要なり。人家の屋造(場所)を用いて可なり。・・・・」 として、家のなかの色々な置物や部屋、庭など64の種に源氏の64の題名を結合する方法を記しているが、長くなるので割愛する。後者は、古代ギリシャの「場の記憶術」そのものであることに注意したい。 井上円了は、東洋大学の創立者で、「おばけ」博士とも称され、色々な迷信を科学的見地から解明した人物で、記憶術も研究し、井上円了「妖怪学講義」第6巻、教育学部門 第2講、教養篇で「記憶術」について詳細な研究を行っている。1723ページから1843ページまで、120ページにわたって、さまざまな記憶技法を紹介し、西欧にはない、50音を数字にあてはめて長い数字を記憶する方法を案出し、さらには「失念術」にまで及んでいる。 岩井洋「記憶術のススメ」によると、井上の「記憶術講義」は、明治20年代に起こった記憶術ブームの産物らしい。同書によれば、明治27〜8年だけで、16冊もの記憶術の書籍が出版されているのだ。特に、和田守菊次郎の「和田守記憶法」明治28・8は、有名で、序文には近代日本の産業化の大立者・渋沢栄一の推薦文がついているほどなのだ。 この書は、414ページの大著で、応用編では、「数字記憶法」・「外国語記憶法」・「文章・演説記憶法」・「地理学記憶法」・「歴史学記憶法」・「法律学記憶法」などが扱われている。例えば、「英語の記憶法」は、語呂合わせによるもので、「水あるところに魚多water多し」のように、現在の受験勉強に使われている英単語記憶法と全く同じであるのは驚きだ。 (記憶術2に続く) (参考文献)岩井洋「記憶術のススメ」1997・2 青弓社 ¥2,200
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竹下和男
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