竹下和男の良書との出会い
第12回: 語学の達人たち(2)
孤高のライオン:大村喜吉
続・ 「斎藤秀三郎=その生涯と業績」
  若い人が本を読まなくなったといわれて久しい。ところが、書店の英語とパソコンのコナーは例外で結構お客が集まっている。

 英会話学校もこの不況のなかで盛況であるらしい。国際化の進展のなかで、英語の習得はもはや避けることができなくなりつつあることの反映であろう。

 そこで、少しでも早く英語が身につかないかと誰しも考えるらしく、「こうすれば英語がうまくなる」の類の本が氾濫している。だが、どれも個人的体験談が多く、読んですぐ英語ができるようになったという話は寡聞にしてあまり聞いたことがない。

 そこで、今回は前回では突っ込んだご説明が出来なかった「英語天才:斎藤秀三郎」がどのように英語を学び偉大な成果を上げたかを、本書をもとにご紹介してみたい。

(1) 英語の本を読む際は、イディオムに青、コロケーション(連語)には赤の線を引く。

 最近、英会話学校を経営しているアメリカ人に聞いた話だが、日本人は英語を読む場合、個々の単語にとらわれて、単語どうしが結合して織り成す特定の意味を一塊にグループとして把握する力が弱いという。これでは、いつまでたっても、語学が上達できるわけがないというわけだ。

 明治26年頃、斎藤の家を訪れた英学者堀英四郎は、次の様な体験を書いている。

 「応接間兼書斎のような部屋で、ふと座卓の上をみると、2冊の小説が置き放しになっている。開いたままのThe Evil Geniusには青と赤の色鉛筆でアンダーラインが引いてある。The Dead Secretを手にとってみると、これまた全篇アンダーラインがびっしり、idiomには青鉛筆、colloquial idiomatic phrasesには赤鉛筆の線である。斎藤先生の読書ぶりは、実に丹念で科学者のように徹底していた。」(本書P128)

 斎藤は、将来、熟語辞典を出すつもりでこうした作業をしていると答えているが、実際イディオムに詳しい英和辞典や活用辞典( 第9回で紹介した勝俣の辞書)をフル稼働しながら、このことをおっくうがらずにずっと続けていると英語の構造や特徴(クセ)がわかるようになって格段に英語力がついてくる。ついでながら、“Just as 〜、so〜” (ちょうど〜のように、〜)のような連関構文は、連関句を丸で囲んでしまうことをお勧めする。

(2) アンダーラインを引いたイディオムやコロケーションを、カード化しておき、一定量が集まるごとに、自分の使いやすい方法で整理して(概念別、状況別、アルファベット順など)、私家版英和辞典を作る。

 ラインを引いたイディオムやコロケーションをそのままにせず、自分なりの整理法で
自分用の手作り辞書・表現集として蓄積し、それを実際に日常のなかで使ってみることだ。中村勝麿氏が「英語研究法」を本人に聞くと、斎藤はこう答えている。

 「俺(斎藤)のやり方は、名刺を紙入れに入れておいて、人と話している間でも、講義をしている間でも、酔っ払って歌をうたっている時でも、思いついた時に、名刺の裏にちょいちょいと書いておく。それが山のようにある。それをある時期に整理をするのだ。」

 (本書p422)

 書籍だけではない。英字新聞・英語雑誌・ネイティブとの会話・映画・英語ニュースなど、これはと思った英語表現に出会ったらすぐにカードに記入する習慣をつけることが英語上達の秘訣である。

 最新の英和辞典でも編纂に何年もかかるので、切れば血のでるような最新の言葉や表現が漏れていることが多い。この意味でも、手作り英和辞典はとても役に立つ。

 カード化をさらに押し進めて、パソコン上にデータベースとして構築していけば活用の範囲はもっと広がるだろう。

(3)常に、頭の中で、日本語と英語の表現法を往復運動させること。

 「工部大学においてディクソンに出会い、それに触発されてイディオム研究に向かった斎藤はついに日英両国語のイディオム研究にその生涯をささげた。」(本書p421)

 「斎藤の生涯的事業たるイディオモロジーは、英語の組織的研究であるが、これは日本語の媒介をへて始めて本格的なものになる。」(本書p114)

 「きわめて豊富な熟語をもっている英語を、また非常に豊富な熟語をもっている日本語と常に対決させることによって、研究することである。」(本書p115)

 このように、斎藤の英語研究法は、ある一定の内容をいうのに日本語ではこう言い、英語ではこう言うという日英比較対照研究であり、彼の頭のなかでは、常に日本語と英語の往復運動がなされていたにちがいない。そして、ピッタリの訳語が思いつくと庭に出て踊りだしたという伝説もあるくらいだ。例示をしてみよう。

● Life is subject to decay. 盛者必衰

● Love is blind. あばたもえくぼ

● Impotent rage ごまめの歯ぎしり

 など、これ以上の適訳はないといってよい表現をずばり提示しているのは、天才の天才たる所以(ゆえん)だ。

 とはいっても、この天才の努力は大変なもので、「英語の猛勉強の合間や、稀にでかける汽車旅行等という文字通り零細な時間も利用して、落語全集とか講談全集とかの類の本と格闘していた。こういう方面からも平俗で砕けた日本語の表現を集めることができたのであろう。」(本書p422)

 “Let’s go out for dinner”という決まりきった表現があるが、これを「夕食に外出しよう」と覚えていても、自然な日本語の日常会話では、「晩飯でも食いに出かけるか」という表現を使うからこの日英両表現がペアで頭に入っていないといざというとき役に立たない。だから、日頃、ごく自然な日本語の日常会話にも注意して、これは英語でなんというかという訓練がとても大切なのだ。

 以上たった3つの英語学習法ではあるが、評者自身、大変効果があったので、是非読者諸氏にも実践をお勧めしたい。

 最後に、前回では詳しく言及しなかったが、「斎藤秀三郎伝」の著者、大村喜吉氏の中学時代(戦前)には斎藤の諸著作は既に稀こう本になっていた。だが、幸いなことに、前回紹介した主要著作は、神奈川大学教授・前日本英語教育史学会会長「出来成訓」氏等のご尽力により、名著普及会より見事な装丁で復刻されていることをお伝えしたい。

  
竹下和男
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竹下和男著
『天才と本質』
歴史に確かな業績を残した20人の知恵

アーカイブス出版編集部刊 1575円
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