竹下和男の良書との出会い
第11回: 語学の達人たち(1)
孤高のライオン:大村喜吉
「斎藤秀三郎=その生涯と業績」
  インターネットの普及で、世界共通語としての英語の地位はますます不動のものになりつつある。

 だが、国民全体の英語への総投資額は年間数兆円にのぼるほど熱心に英語を学びながら、日本人が国際英語資格ランキングで多くの国々の後塵を拝しているのはなぜだろう。

 最近では特に、「ゆとり教育」とやらの結果、英語の授業時間はさらに短縮され、英語力の低下は軽視できない状態になっている。英語力の弱体化は、日本の国際競争力の低下を招来しつつあるとさえいえるだろう。

しかし、この日本にもかっては、本国人が舌を巻くほどの英語の天才がいた。その名は、「斎藤秀三郎」。日常書く手紙はすべて英語、酔っ払って帝劇にいき西洋人の芝居を見て、てめい達の英語はなっちゃいないと英語でどなりちらしたという逸話も残っている。

 彼の創立した「正則英語学校」は、東京神田錦町にあり旧制高校受験の予備校として全国の秀才が集まった。その全盛期には、生徒数は5000人を超え、3階の500人は入る大教室は人であふれて、雨の日には傘をさして窓の外から授業を聴くものさえいたという。

 立錐の余地もない大教室に身長180センチを優に超す巨体の斎藤が入ってくると、あたりは水を打ったような静けさがみなぎり、「その講義ときては天下一品、精透精密、字句を説き句法を講じて快刀乱麻を断つとはこのことだとただ恍惚と聞き惚れてしまった。……本文を訳す、類例を挙げる、邦語との差異を注意する、… 生徒の注意を集めて講義の要点を記憶させる技量は敬服のほかはない。」(本書p289〜294)というほどの名講義であったらしい。

 斎藤は、慶応2年(1866)仙台で生まれ、最初に入学した宮城英語学校では外人教師によって主に原書で講義を受け、大学は今の虎ノ門の文部省の所にあった工部大学校(後の東京大学工学部)に入学、これも主に外国人によって講義を受けた。在学中は、図書館の英書を読み尽くして、「大英百科辞典」(全35巻)を2度読んだというから並みの常人ではない。

 工部大学では、夏目漱石の師でもあるスコットランド人のディクソン(J.M.Dixon)から、英語慣用語句(イディオム)への情熱をかきたてられた。大学卒業間際に今では不明な理由で放校処分になるが、生活のため文法書「スウィントン英文典」を訳した。

 彼の英語研究法―IDIOMOLOGY(組織英語慣用語法学)―は、文法の枠組の中で、日本語と英語の豊富な慣用表現(イディオム=熟語)を比較研究するものであるといってよいだろう。

 彼は、生涯、200冊以上の著作を残したが、その殆どは英文で書かれ、米国のハーバード大学でも教科書として使われたというからこれも凄い。主な著作を年代順に紹介すると(前の数字は発行年、後の数字はページ数で主に名著普及会の復刻本か原本による)、

1. English Conversation Grammar. 1893 p.286

2. Practical English Grammar.1898-99 (実用英文典) p.1,092

3. Advanced English Lessons. 1901-2 p.1,051

4. Higher English Lessons. 1902-3 p.610

5. Monographs on Prepositions. 1904-6 (前置詞大完) p1,310

6. Class-Books of English Idiomology. 1905-9 p1,793

7. Studies in English Idioms. 1906-7 p.1,298

8. New Higher English Lessons. 1907-8 p.1,236

9. Studies in Radical English Verbs. 1909-11 p.1,211

10. 正則英語学校講義録 1912-3 p.5,610

11. 熟語本位英和中辞典 1915 p.1,594

12. 携帯英和辞典 1922 p.1,929

13. 斎藤和英大辞典 1928 p.4,640

14. 熟語本位英和大辞典(Fまでで未完) 1929

10の「講義録」は、正則英語学校の総力をあげて作成されたもので、これ以外は一切、他人の手を借りず、斎藤一人のペン先から生まれたものであって、1000ページを超えるものも多く、その超人的精力は並み大抵のものではない。和英大辞典に至っては4、000ページを超え、しかも関東大震災のため、初稿を消失し2度書かれたものである。

2.実用英文典は、英語教育界に幅広く浸透し日本の学校文法の基礎を形作ったといわれるほどの名書である。

11.熟語本位英和中辞典は、日本人の英語学習に多大な影響を与え、その豊富な熟語(イディオム)と、こなれた訳語は永らく他の追随を許さなかった。この辞書の出現以降、色々な名辞書が生まれたが、85年を生き抜いて今日まで命脈を保っているものはない。COD(Concise Oxford Dictionary,1版)とアーネスト・サトウの「英和口語辞典」の影響を受けていることがわかっているが、上記の膨大な自己の著作を基礎とする独自のもので、他の辞書を翻訳した類のものではない。永い生命力の秘密はそこにあるといってよい。

「フィネガンズ・ウエイク」(ジョイス)の翻訳で知られる「柳瀬尚紀」は、「高校時代、ふとんのなかにもトイレにも持ち込んで読んだ辞書がある。斎藤熟語本位英和中辞典は、私にとって英語の恩師だ。英語はもっぱらこの辞典から学んだ。」と、絶賛している。

13.和英大辞典は、実質的には、斎藤の全業績を辞書の形で集大成したもので、日本の和歌・漢詩・俗謡まで、見事に英訳された他に例を見ない個性的なものとなっている。

5.の前置詞大完は、英語の前置詞をこれほど精密に体系づけた本は、今もない。この業績によってノーベル賞候補にもおされた傑作である。“TO” だけで、285ページが費やされている。

斎藤秀三郎は、昭和4年(1929)に63年の生涯を閉じたが、その生涯を捧げた斎藤組織英語慣用語法学(イディオモロジー)の本格的な体系化・再生化は、今後も大きな課題として残されている。

最後に、著名な音楽家の「斎藤秀雄」は、秀三郎の次男であることを付け加えておきたい。

本書は、昭和35年(1960)に、吾妻書房より刊行され永らく愛読されてきたが、最近残念なことに絶版になってしまった。まだ、絶版から間がないので、古書店にあたれば比較的入手は容易だと思われる。

(お知らせ)

「斎藤和英大辞典」は幸いな事に、1999年9月に、「NEW斎藤和英大辞典」(¥14,200)・「NEW斎藤英和対訳表現辞典」(¥7,800)として、日外アソシエーツから、復刻販売されて、今も利用できるようになっている。

  
竹下和男
ご意見・ご感想をお寄せください。掲示板にいく
「良書との出会い」が元になって
本になりました!

竹下和男著
『天才と本質』
歴史に確かな業績を残した20人の知恵

アーカイブス出版編集部刊 1575円
もどる
出版局トップにもどる
日本経営合理化協会 出版局 TEL:03-3293-0041