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「アメリカの鏡・日本」ヘレン・ミアーズ著・メディアファクトリー刊 |
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| 昔、私の若い頃(昭和30年代)、「ニュールンベルグ裁判」という映画を観たことがある。この映画は、ナチスドイツの戦争犯罪人を裁いた連合国側裁判の様子を描いたアメリカ映画だったと思う。 今でも憶えているが、映画の中で裁判長の言ったセリフで気になったことが一つあった。それは「この裁判は、文明の名のもとに、人道上の罪を裁くものである」と言ったことである。すでにある国際法によって裁くのなら判るが、あとから勝手に作った法によって人間が人間を人道上の罪で審判できるものかどうか。 家に帰ってさっそく親父にそのことを聞いてみた。親父はわが意を得たりとばかりに、「そうだ、もし人道上の罪で裁くのなら、アメリカがやった広島、長崎への原爆投下も当然裁かれるべきだ。(これは国際法違反でもある)」ということであった。 ひるがえって東京裁判をみてみると、これと同じ論法で、人道上の罪という事後法により、この前の戦争を日本側の侵略戦争とみなし、立証の根拠の薄い戦犯も、戦勝国の強権で死刑または有罪として裁かれたのである。 さて、前置きが長くなって恐縮だが、戦後間もない1949年当時、日本占領連合国軍最高司令官として君臨していたマッカーサーが、日本での翻訳出版を禁じた衝撃の書「アメリカの鏡・日本」を紹介したいと思う。 著者のヘレン・ミアーズは、当時49才のアメリカ女性歴史家で、戦前何度か来日、滞在し、東洋学を研究、また有数の日本通と言われた人である。終戦直後の1946年にGHQの労働政策委員としても来日。この本は最初1948年にアメリカで発刊された。 何がマッカーサーの逆鱗に触れたのか。 「(戦後)アメリカは日本を裁くほど公正でも潔白でもない」 これらの言葉は、私が前置きで紹介したGHQの占領政策にとってタブーのことばかりである。 驚くべきことは、これを書いたのが戦勝国側の一アメリカ女性であり、書いた時期が極東軍事裁判(東京裁判)が終わった年だ、ということである。 ここで誤解のないように言っておきたいのは、私はべつに反米主義者ではない。むしろ、その陽気な人間性や、民主主義の法治国家という面で好きな国である。ヘレン・ミアーズのような時流の枠を超えたケタはずれの女性を生みだす土壌、懐の深さには敬意を表している。 ただ本書を推薦するにあたって、私が言いたいことは、戦後55年、今でも日本を呪縛のようにとらえている、戦前、戦中に日本がやったことはすべて間違いで、180度転換した戦後民主主義こそ正しい、という考え方からそろそろ解き放たれてほしいからである。世界は侵略戦争だから悪で、そうでなければよい、などという二者択一の単純なことで動いているのではあるまい。国際間は、それぞれの国益、安全、道義性、合法性、歴史、文化……など様々な要素、尺度から、もっとシビアで広い見方が必要なのではないか。 現代の日本人は、外国に対して、誇りと自信を失っている、とはよく言われる言葉であるが、本書を読むことによって、日本人は世界に向かって卑下することなく、胸を張って立派な国民である、という自覚をもっていただければ幸いである。
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安芸洋助
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