「ストーリービジョンが経営を変える」まえがき

 まえがき

 まだ20代だった頃の話です。お金や地位など本当に何もなかった時に、私をかろうじて支えてくれたのは、「夢見る力」だけでした。

 友人や恋人、そしてメンターである先輩たちと会食している時に、「将来はこうなりたい!」、「こんな仕事をしたい」、「いつかこんなことを実現したい」と、夢物語を語っていました。

 そんな時、彼らから「きっとキミならできるよ」「あなたならできる」と言ってもらったことが心底嬉しく、当時何よりの励みであり、また生きる糧でもありました。まさに夢しかない男だったわけです。

 30代に入り、当時口にしていた夢から、新たな夢を口にするようになっていました。そんな折に昔からの友人に「そういえば、当時こんなことをしたいといつも口にしていたけど、その後どうなった?」と尋ねられました。

 わずか7〜8年前のことなのに、本人はすっかり忘れていた内容でした。しかしそこで驚くべきことに気付きました。当時語っていた夢物語が、ほんの少しですが実現していたからです。私はこの時、自分の夢を人に語ることは、その夢の実現を加速させる力があることを学んだのです。

 振り返ってみると、人に自分の夢を語る時、実現してもいないのにその姿が鮮明に見えていたことを思い出します。目指す姿が見えるからこそ、自分の取るべき行動がはっきりし、具体的な行動を起こせたのだと思います。

 もうひとつ、現在の仕事を通じて学んだことがあります。それはビジネスの最終的な成功イメージが映像としてはっきりと心に浮び上り、それを経営者やご担当者と共有し、共に業務を進める時には、必ず成功するというセオリーです。

 ・「こんなお客様を相手にして、こういう顧客心理と購入場面であれば、喜んで購入していただける」

 ・「社員の中から、こうした具体的行動を起こす人が現れると企業は活性化し、企業の社会的な評価が高まり、企業と商品のブランド力が向上する」

 ・「女性は男性のように合理的にばかり考えず、好きか嫌いか、あるいは魅力的かそうでないかという非合理な判断基準で選んでいる。それを経営者と社員が理解していて、例え話を人に話せる」

 こうした状況になっていれば、不思議とビジネスは上手く行くものです。

 それは顧客の心理や行動が手に取るように“見え”、これから企業が作り出す新製品や新事業がまだスタートしていないのに、その完成イメージが経営者にも社員にも“見える”からだと思います。

 人間は想像力を発揮する生き物です。目指す姿がはっきりと見えていれば、まだ現実になっていないことでも、迷わずそこに進むことができるようになります。

 未来の姿をまるで一度経験したかのように想像できれば、そこで必要となる打ち手が当然見えてきます。夢が夢物語で終わらないのは、未来の姿に向けて、自分たちの行動を変えていけるからではないでしょうか。

 人間の記憶とは、実に素晴らしい仕組みになっています。大人になってしばらく忘れていた両親と過ごした楽しい思い出が、自分が親になってから急に懐かしく感じられたり、当時は悲しく辛かった失恋などの経験が、知らぬ間に青春時代の懐かしい心象として変質することです。

 何十年も昔のことなのに、その時の光景が心の中に鮮明によみがえります。まるでどんなことでも良い思い出に変えてくれる変換装置が、心の中にあるかのようです。

 幼少期に母親に読んでもらった童話や祖母から聞いた昔話を、人は忘れることができません。学生時代、試験前日に一夜漬けで憶えたことなどすぐに忘れてしまうのに、日本人なら「桃太郎」や「かぐや姫」の話を思い出せない人はいないでしょう。いくつになっても鮮明な記憶を残して、だれもがその物語を語ることができます。

 物語(ストーリー)には、人間が無理に覚えようとしなくても記憶に残り、誰にでも語れるサイエンスがあるのです。これを活用しない手はありません。

 あなたの企業が目指している未来の姿を、無理に暗記することなく社員が語れるようになったら、どんなことが起きるでしょうか。夢の実現に向けて、社員一人一人が取るべき行動が見えているとしたら、企業はどうなるでしょうか。

 ストーリービジョンを実施することで、社員一人一人が「自社の未来のために、自分たちは何をすべきか…」と主体的に考え、行動し活躍するようになります。

 また事業ブランディング構築の実現や、自社を支持してくれる熱烈な顧客と取引先の創出など、ストーリービジョンを活用することで、経営は驚くほど変わります。

 これは私の長年にわたるコンサルティング活動の結果からも、世の名だたる企業、名経営者が密かに活用してきたという実態からも明快です。ストーリービジョンは、経営を劇的に変える力を持っているのです。

 ではなぜ、これまで“物語力”について語られることがなかったのかと言えば、日本の置かれた時代的背景により、夢を語ったりビジョンを提示する必要性が少なかったことに起因します。そうしたビジョンの提示が無くても、充分に事業の成長を実現させていくことができたからです。

 詳しくは本書の中でご説明しますが、いま日本の経営者が、これまでのような事業成長が難しく、閉塞感を感じているのは、日本においても、数値主導型の経営から、ビジョン主導型の経営への転換を迫られているからです。

 本書は、この転換への対応策を提示する書であり、経営コンサルタントとして、コンサルティング活動の成果からこれらを中小企業経営者のために体系化し、“ストーリービジョン”と命名して、世に初めて提示するものです。

 ストーリービジョンを行う企業には、怒りや叱責とは無縁の経営者の顔があります。また顧客から熱烈な支持を得ている姿がそこにあります。

 どんなにお金や地位や名誉があろうと、人に与えられた時間は有限です。限られた時間、たった一度の人生で、“経営者”を選ばれたあなたには、事業が本当に報われるものであって欲しいと思います。

 未来を手にすることは、予測を立てることではありません。将来こうなっていたい姿を描き、その実現に向けて行動を起こすことです。きっとその先には、自分にとって望ましい未来を手にしているあなたがいると思います。

 あなたが望む未来を手に入れるために、どうかご自身で自社のストーリービジョンを描き、あなたが望んだ未来のあるべき姿を実現していただきたいと思います。その具体的な手法について、本書を通して、そのお手伝いができることを念じてやみません。

2007年6月吉日
酒井光雄
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日本経営合理化協会 出版局 TEL:03-3293-0041