|
2002年は、私にとって記念すべき年になる。
世界に先駆け、インド政府が1000キロワット規模の海洋温度差発電プラントを、私の設計で建設中である。おそらく2002年度内には完成し実用発電を開始する見込みだ。
私は1973年から本格的に「海洋温度差発電」の研究を開始した。それから30年近くたった2002年になって、ようやく海洋温度差発電の実用化が始ろろうとしている。このニュースは世界各国に伝わり、国内はもちろんのこと、世界各国から大きな関心を寄せられ、マスコミからも一斉に取材されることになった。
思えばこの約30年の間に、海洋温度差発電に対する世間の認識も大きく変化してきた。私が研究を始めた当初は、「海水を汲み上げるために費やされるエネルギーに見合う発電量は理論的に不可能で、まったく意味のない研究だ」と、学界から袋叩きにあったものである。しかし私はめげることなく、実用化のために、ただ走りつづけて来た。
近年になって、石炭・石油などの化石エネルギーによる発電や原子力発電がもたらす地球環境汚染が問題となり、2000年に開催された沖縄サミットでは「再生可能エネルギーについて作業グループ設置」が合意され、具体策を検討するために専門委員会が作られることになった。海洋温度差発電は、資源を繰り返し利用する夢の無公害エネルギーという面から、大きな注目を集めるようになったのである。
*
私は2000年元旦に突然の心臓発作で生死の間をさまよった。1分間に220回もの鼓動を打つ「心室ヒン脈」という奇病であった。
その入院中のベッドの中で、死を覚悟した私は、自分の海洋温度差発電の開発の軌跡について、どうしても書き残しておかなければと考えた。海洋温度差発電は、私が命をかけたテーマであり、私の人生そのものである。その研究の過程では、いろいろな苦しみも喜びも数多くあった。それらは、いずれも「創造の苦しみとよろこび」そのものであった。
私は担当医の目を盗みながら、遺言代わりに私の思いを少しずつ綴っていった。そして原稿が多少まとまったときに、私の信頼する日本経営合理化協会の本間登美雄出版局長に、その原稿をみてもらった。本間氏は一読するなり「これは感動的な創造人生一代記です。ぜひ〈創造の原理〉としてまとめてください」と励ましてくれた。
かねてから私は、日本の閉塞状況を打破するためには、世の為政者や経営者に、いまこそ「創造性」を強く発揮してもらいたいと考えていた。そこで自分の研究を長年支えてくれた「創造の原理」を中心に、病床でまとめた原稿を大幅に書き変えることにした。それが本書「創造の原理」である。
*
私は、人間のもつ能力の中でもっとも素晴らしいものは、「創造性」だと考えている。
この地球に人間という生物が登場してからの歴史を振り返ると、文明の大きな転換期には必ず歴史的な創造がなされ、人間社会を大きく変革し成長させてきたことがわかる。今日のような文明社会を築いてきたのも、人間がもつ「創造性」のなせる技である。
そして私が学者という仕事を選んだとき、生涯の研究テーマを見つけだすために必死で考えた出したものが、「創造の五大原理」であった。
これら五つの原理に沿っていくと、面白いようにアイデアが浮かび、いろいろな創造ができるようになったのである。この創造の原理によって、私はエネルギーの研究、とくに「海洋温度差発電の実用化」を、一生の研究課題として捜しだし、数々の発明をし、今日の実用段階を迎えることができたのだ。
いま日本は未曾有の不況と閉塞の中で苦しんでいる。
それは、われわれが文明の大転換期のただ中にいるからだ。私は、われわれのすむ世界が、2001年から、これまでの文明とは本質的に異なる「第三の文明」に突入したと考えている。
国家の運営においても企業の経営においても、これまで正しいとされ、上手くいってきた考え方や手法が、まるで役に立たなくなってきた。このような時代には「アイデア発想法」とか「ひらめきの養成」という程度の創造性では、到底太刀打ちできない。今こそ日本人すべてに本質的な創造性の発揮が必要なのである。
この閉塞を破り業績を伸ばすために肝心なことは、創造することなのである。かつての成功体験にしがみついていては前に進まない時代を迎えている。われわれは、古い考えや手法を、勇気をもって捨て去る覚悟をしなければならない。
創造することは苦しいが、しかし同時に、胸がわくわくするほど楽しいことである。一刻も早く、読者の皆さんに「創造のよろこび」を味わっていただき、新たな繁栄につながる創造をしていただきたい。本書が、その具体的なきっかけとなることを心から望んでいます。
(創造の原理まえがきより・一部省略)
|