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本書は、とくにリーダーの方々のために記しました。リーダーという立場を考えて、上位者としての立ち居振る舞いについて、できるだけ分かりやすく記した専門の書です。
「礼儀作法」というと、とかく女性や若い人が対象と思われがちですが、本来は人を率いる立場の人ほど、「本物の立ち居振る舞いと礼儀作法」が求められます。古今東西、人を束ねて統率していくには、力もさることながら誠を示し、人を魅了する礼法が欠かせないからです。
聖徳太子の十七条憲法にも、「群卿百寮礼を以って本とせよ。それ民を治むるの本は要するに礼にあり。上礼なきときは下斎(ととの)はず。」のくだりがあります。
書店に行けば「マナー」や「作法」に関するたくさんの書物がコーナーを占めています。しかし、これらの本の読者対象は、下位者か、対等のお付き合いまでを想定したものがほとんどです。決してそれらの本自体が悪い訳ではありませんが、上位者としての礼法について書かれた書が、世にあまりにも少ないのが心配されます。
しかも手順や型に終始するあまり、本来、心が最初で形となって表現されるべき礼法が、さながら機械仕掛けの人形のように「お辞儀は何度まで曲げる」といった指示書も多く、「礼の心」について説かれている本物の書を見かけないことは実に危うい兆候です。
それは現在の日本に、真にリーダーたる者のための指南書が不在になってきていることを意味するからです。上が粗暴で礼なくば世は乱れます。
ある人物と接したとき、人は無意識で「言葉」と「動作」を合わせた、いわゆる「教養」を見てその人を判断します。「教養」というと、とかく知識や言葉づかいなど「知的教養」ばかり重視される傾向がありますが、実は「動作における教養」は、知的教養以上に大切です。それは理屈を超えて瞬間的、それも感覚的に伝わってしまうからです。
たった一回お辞儀をしただけで、その人となりが醸し出されます。難航の場面でも「あの人なら」と好転させる上位者の礼もあれば、どれだけ知識が豊富で、書面や会話ではまともでも、リーダーの粗暴なお辞儀一つで組織全体の信頼をなくすこともあります。
これはとくに上位者であればあるほど、自覚しなくてはならない重要事です。下位者のマナーや作法は本人だけの問題で済みますが、リーダーの礼法は、長たる者の責任とともに、その組織全体にまで影響を及ぼすからです。
本書の中で詳しくご説明しますが、小笠原流礼法とは鎌倉時代に端を発した武家作法です。八百年以上、脈々と受け継がれてきたその最大の特徴は、鎌倉時代より江戸時代を通じて常に「指導者階級に指導者たるの心得を説いてきた礼法」という点です。そしてその真髄は、心と体の融合にあります。
小笠原流には、基本となる書物が二冊残されています。『修身論』と『体用論』という書ですが、『修身論』は「心」を、『体用論』は「体」を、それぞれいかに扱うべきかについて述べています。礼儀作法の修練は品位、風格の習得を目指すことになりますが、心と体が一体となったときに礼法の真髄が発揮されるのです。
本書では、この二書にならい、「心の編」と「体の編」でそれぞれリーダーとしての礼法の心と体の扱い方を提示。さらに現代社会における、とくにビジネスの現場での様々な場面における礼法を「応用編」にて、三部構成で分かりやすく解説しています。
「野人礼になれず」ではこれからの真の国際化時代に通用しません。また型によるマナーも世界では嘲笑の対象となります。一方、真の礼法は諸外国で通用します。それは「心」から表れる動作だからです。
立ち居振る舞いという動作は、単に知っていても意味がありません。その場その場で実際に役立たなければなりません。同時に無駄がなく、効率的であることも要求されます。無駄を省き、その時に一番ふさわしい動きをすると、見ていて美しい動きとなります。
「実用・省略・美」が一体となったとき、はじめて美しい動作となって映ります。本書では、これら一連の美しい動作や手順などもできるだけ分かりやすく体得いただけるよう、写真を多く使って解説を加える工夫もしました。
本書を活用して、実用的で、無駄を省いた美しい礼法を身につけていただければ幸いです。そしてそれら一連の動きが、自然となり、『極めれば無色無形なり』の境地に一人でも多くのリーダーが至り、関わる多くの人々を幸せに導かれることを念じてやみません。
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