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普通の人は、膨大な情報の前に、どの種をとりだしていいかで悩んでしまう。 |
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| 第1回で「開発」とは、特別なことをするのではなく、自社の事業、商品をニーズに合わせ見直すことも開発である、というお話をさせていただきました。 第2回目の今回は、私の顧問先でもある人材派遣会社 K社の実例を挙げながら、開発のきっかけ、つまりタネの見つけ方、それを実行する際の取り組み姿勢についてご紹介したいと思います。 K社は現在、業界で3本の指に入る、技術者をメインとした人材派遣会社です。年商250億円、派遣社員を含む従業員は3900人と成長著しく、今後ますます期待される企業の一つとなっています。 実はK社は人材派遣会社としてスタートしたのではなく、K社のS社長は脱サラで英会話学校を起業しています。英会話学校は、3年ほどで軌道に乗り、順調に業績を伸ばしていましたが、英会話学校を続けて行くことに対しての将来性に、だんだん不安がつのっていくようになったといいます。 「これから先、英会話学校同士の過当競争が始まり、安定した経営を確保できるか。どんなにがんばっても、大手の英会話学校にはかなわない。他人の後追いの二番煎じではでないか……。」いまやっている英会話学校に対して、次々と疑問がわいてきたといいます。 ちょうどそのころS社長は、英会話の教師を派遣するため、いろいろな企業を訪問していましたが、訪問先の人事担当者から、とくに技術者の不足は深刻という話を聞いていました。そんな現場の状況を目の当たりにしたとき「これは新しいマーケットになる」と閃いた、とS社長は顔を歪ませてニッコリと話します。 とはいえ、英会話学校が軌道に乗ったばかりで、S社長としても新規事業を立ち上げることに躊躇していたそうです。ところが、「これからの日本は“技術立国”でなければならない」という言葉を耳にしたとき、その迷いは一気に吹っ飛び、「やらなければならない」という使命感に突き動かされたといいます。そして、技術者の人材派遣会社を立ち上げたのです。 ある意味「やらなければならない」という使命感だけで、技術者の人材派遣会社を立ち上げたのです。しかし数多くの難関が待っていました。当初は現在ある「人材派遣法」もなく、法的に認められた事業ではありませんでしたので、大っぴらに人を派遣するということができなかったのです。そこで自社から社員を出向させるという形でスタートしました。 また、社会的に認められた事業ではなかったので、人材募集の広告にも「派遣」という言葉も一切使えなかったのです。つまり、S社長は、今までなかったまったく新しい事業を立ち上げたのです。K社の実績が公に認められ、市民権を得て「人材派遣法」施行につながったといっても過言ではないでしょう。 まったくない事業を興し、軌道に乗せるまでの苦労は並大抵でないことは想像に難くありません。S社長は、派遣先開拓のために、多くの企業や事業所を回ろうと電車の乗り換え時間の1分1秒ですら短縮するために、電車の中を先頭から最後尾までアタッシェケースを抱えて必死に走ったといいます。 しかし、傍からみる社長は苦労をしているというよりも、使命感に燃え、毎日充実感に溢れ、楽しんでいるかのようでした。 「開発」とは、難しいものではりません。「開発」のシーズは身近にあるものです。難しいのは、それをやり遂げる前向きな思考とバイタリティーなのです。 次号では、S社長、K社の事例をもとに、「新事業開発の大事なポイント」に触れたいと思います。 |
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