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出口光の「天命と経営」25

「番外編5:三つの内なる声

 私たちは、「天命と経営」の中で、コロコロ変わる「心」と、揺れ動かない不動の「魂」の領域を区別してきた。

 これまで、私たちは、いかに人は心情の動きに支配され、魂の領域を見失ってしまうかを見てきた。だからこそ、前回、心と魂の感動の区別をお話ししたのだ。

 「天命を経営に生かす」ために、さらに私たち自身を深めていかなければならない。

 私たちには、心の声とともに魂からの声も聞こえていて、それらの声はさまざまな性質を持っている。私たちには、「三つの内なる声」があることを知っているだろうか?また、あなたは、自分のそれらの内なる声を区別できるだろうか?

 一つは、あなたを良い方向に導いてくれる声、これを「善なる声」と呼ぼう。ニつめは、あなたを悪い方向に導く声で、「悪なる声」と呼ぼう。これら二つの声は、心の領域に属している。

 三つめは、それら二つの声を「離見の見」で聴きわけ判断する「本当のあなた」ともいえる魂の声である。私はこれを「審神(さにわ)する声」と呼んでいる。この「審神」という言葉は、善なる神と悪なる神を審判するという意味で使われる。

 まず、よく出てくる私の内なる声を取り上げてみよう。あなたも自分の経営の現場で現われる内なる三つの声を区別していこう。

 「この計画は、まだ詰めが甘い。さらにこの部分を吟味し、徹底的に詰めなければならない」という厳しい内なる声が聞こえる。これは私の志をサポートする声だ。

 一方、「これ以上やれば徹夜をしなければならないし、明日以降の仕事にも差し支える。これは十分なレベルに達している。第一、私が体を壊してしまったら他の人たちに迷惑がかかってしまう」という、もう一つの声が聞こえる。これは、私の志を妨げる声だ。

 私はその二つの声を聴き分け審神し、決断をする。それが第三の私の声であり、魂の声なのだ。二つの声を捉え、最終的に決断するのが、「本当の私」といえる。

 この三つの声は、自分を注意深く観察すれば、区別できるようになる。実はこの区別は、人類の叡智(えいち)に基づいており、事業と人生の経営をする上で、多くの示唆(しさ)を含んでいる。

 精神分析学の創始者ジークムント・フロイトは、人間の心を、本能的欲望を司(つかさど)「エス」、理性的な働きをする「自我」、善悪を判別する良心の働きをする「超自我」に分けた。

 人智学の創始者であり教育家でもあったルドルフ・シュタイナーは、生命エネルギーを司る「体」、思考を司る「霊」、本当の自分である「魂」というふうに、人間の本質を区分した。

 私の曽祖父である出口王仁三郎は、善なる機能を有する霊を「正守護神」、それを妨げる悪なる機能を持つ霊を「副守護神」、根源的な神の分霊を「本守護神」と呼んだ。

 この図をみてほしい。

 

 


 面白いことに、この三人は、19世紀後半から20世紀の前半の同時代に生き、人間の精神に関して、詳細は異なるが類似の三元論を唱えたのだ。

 この三人の人間精神の構造を表す概念は、実際の現象面で、私の言う「内なる三つの声」に対応すると考えている。

  経営者として最も怖るべきは、「悪なる声」である。この声は、巧妙に「善の仮面」を被って現われる。

 いま話題となっている不二家の賞味期限切れの食材を使った洋菓子の製造販売事件を考えてみよう。

 不二家社内の調査委員会が、11月の時点でこの事実を社長に報告しているにも関わらず、発表は、12月の商戦が終った1月になってからであった。クリスマス商戦は洋菓子業界にとって最も売上の高い時期であった。

 経営者には、「すぐ公表し、直ちに販売を自粛すべきだ」という「善なる声」と、以下のような声が聞こえてきたはずだと私は思っている。「悪なる声」として、四つ挙げたが、それは経営者の天命の領域に沿って、異なった内容になる。

 1.愛情の強い経営者に対しては:

  「不二家は経営再建中の赤字会社であり、いますぐ発表し販売を控えたら20億円もの売上を失ってしまう。すぐ発表することは簡単なことだ。

 しかしこれでは、会社は存続できない。まず内輪で改善策を講じ、発表はクリスマス商戦が終った後でよいではないか。

 従業員を路頭に惑わすわけにはいかない。いますぐ公表し販売を自粛するというのは、社員と家族の生活に責任をとっていない偽善の所業だ」という、実にもっともらしい内なる声だ。

 2.外向力の強い経営者に対しては:

 「会社が潰れてしまっては、もう素晴らしい洋菓子を消費者に届けることはできない。賞味期限が過ぎているといっても数日であり現実には問題ない。

 自主的に調査委員会をも作って、迅速に誠実にやるべきことはやっている。いまは全社一丸となって、全力で年末商戦を戦うべきだ」

 3.親和力の強い経営者に対しては:

 「会社の一部の人間がやったことではあるが、組織としてその従業員を守ることも会社の役割だ。これはどこの食品業界でもやっていることであり、かん口令をひけば、外部に漏れることは防げる」

 4.分析力の強い経営者に対しては:

  「なぜこのような事態に陥ったのか?その原因を究明し、二度とそれが起こらないように対策を練ることが大切であり、いま公表してマスコミに殺到されたら対応に追われて肝心の原因究明が疎かになってしまう。

 また、対策も不十分なまま発表しても、叩かれるだけだ。まずは、社内で徹底的に対策を練ろう。発表はそれからだ」

 このように「悪なる声」は、あなたの聴き方の傾向に沿って、言い換えれば、あなたの天命の領域に沿って、巧妙な声をあなたにささやくかもしれない。

 このような事態に追い込まれた経営者は、内なる2つの声をどちらが善の声かを審神(さにわ)できなくなってしまう。

 私たち経営者は、常にこのような善悪ニつの声のハザマで、選択を迫られている。

 「これまでが全力で突っ走ってきたのだから、ここで休んだら」「たまには快楽もいいじゃないか」「もう世間の水準から見れば十分だ」といった声は、いつも聴こえてきているはずだ。

 しかし人は、「それはおかしい」と自分では薄々分かっていながらも、悪なる声に従うことがある。あなたにも同じような経験があるだろう。

 このような声に、これは「善なる声」、これは「悪なる声」と名前を自分でつける訓練をすれば、「悪なる声」の区別がつく。そして、名前をつけることで、その声を消すことができるようになる。

 つまり、本当の自分(審神する声)が、離見の見で、善悪を統御できるように自分自身を訓練できる。

 しかし畏しいことには、現実には、私たちの「悪なる声」は善の仮面を被って、たいていは「魂の声」を圧倒している。それほど、強く巧妙なのだ。

 あなたが危機的状況に陥ったときに限らず、あなたの経済的、精神的な力がつけばつくほど、つまり、あなたが経営者として成功し、人間として成長すればするほど、この「悪なる声」は、さらに巧妙に善の仮面を被って現われてくる。

 そうなると、あなたは、その声が善なる声なのか、悪なる声なのか見分けがつかなくなる。

 経営者として精進し努力すればするほど、以前の自分と比べて適切な行動をし、結果も出すようにもなってくる。それと同時に、あなたには一生懸命やればやるほど、「自分は正しい」という声が聞こえるようになる。

 つまり業績が上向けば上向くほど、自分のやっていることが正しくなって、自分を省みる本当の自分の審神(さにわ)の機能(離見の見)がなくなってしまう。

 だから、「自分は正しい」「自分は全力でやっている」という大きな声が聴こえてきたとき、あなたは最大の危機に身を置いている。

 このとき、実は、「悪なる声」が「善なる声」を圧倒し、「本当の自分」の審神(さにわ)をする機能が働かなくなっているのだ。どんなに好調なときでも、いや好調なときこそ、自分の内なる声を離見の見で常に省みる必要がある。

 ここで私たち経営者は、「悪なる声」を峻別(しゅんべつ)する「審神(さにわ)」の力をつけなければならない。「本当の自分」がやるべき最も重要なことは、善悪の二つの声のどちらが正しいのかを、審神することなのだ。

 これが魂を鍛えることを意味し、本当の自分を高めていくことに他ならない。

 では、どのような基準で審神をしたら良いのだろうか?

 それは、不二家の例で見てきたように、「悪なる声」が「どのような仮面」を被って現われるかを知ることである。まず、あなた固有の天命から来る聴き方に沿って、心地よい声を出すということである。

 平和や調和を創ることが天命の人には、「この会議の場で、本当のことを言うと、場が乱れ収拾がつかなくなる恐れがある。

 これは後で、いずれ適切な時がきたら言えば良いではないか。それが組織というものではないか」などと、巧妙な言葉を発する。

 つまり、あなたの天命に沿って、言い換えれば、魂の傾向に沿って、あたかも正義を装った声を「悪なる声」はささやく。

 また、ものごとを変革し前進させるという天命を持った人には、「あなたがやろうとしていることは、間違いない。自信を持って断固としてやるべきだ。あなたの判断に間違いはない」と、行動を後押しするような声を出すのである。

 そのとき、あなたには、「詰めが甘いかもしれない」という声がかき消されているのである。

 あなたに経済力、組織力がつけばつくほど、あなたの人間力が上がれば上がるほど、「悪なる声」は、あなたの魂の傾向に沿って巧妙に善の顔をして、あなたの前に現われてくる。

 そしてあなたには自分の声を審神(さにわ)する声が無くなり、「自分は正しい。間違いない」という「悪なる声」が支配するようになる。

 そして、経営は悪化していくことになる。それは、巧妙に、肉体的、物質的欲望を満たし、最終的には、人や社会に貢献するはずの天命の方向を免れ、結果、経営を崩壊に導こうとする声だからである。

 経営者は、精進すればするほど、経営がうまくいけばいくほど、その心の隙をついて、「悪なる声」があなたを陥れようとする。「自分は正しい」という声と共に。

 善悪不二といわれるように、善も悪も峻別することは難しいことだ。

 同じことをしても、善から発するのと悪から発するのとでは、最終的には結果は異なってくるのだ。

 つまり、あなたの行動の源泉が「善」なのか「悪」なのかを見分ける必要がある。その基準は、自愛であるか、利他であるかだ。

 悪なる声は、どんなに正義を装ってもその動機は自愛である。また、善なる声は、どんなに厳しい決断であっても動機が天命に基づく利他である。

 経営者は、常に自分の内なる二つの声を審神(さにわ)し、自分を天命へと向かわせるために、真の声を聴ける本物の自分、つまり、自分の魂を磨いていかなければならない。

 「悪なる声」が善の仮面を被って「善なる声」を圧倒していることを認識したとき、魂をどのように磨くのかという次の課題があることを、私たちは認識することになる。

出口光


3月開催:出口光の「天命を活用する経営塾」
                                      

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