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出口光の「天命と経営」 11号


「離見の見(りけんのけん)」を持つには

 

 自分の先祖や生い立ちを含む「過去を肯定』し、その中に一本の『不動の柱』を発見することで、『過去を統合』できることを見てきた。さらに、その延長線上にある『未来』に志すことで、経営者としての仕事に独自性とパワーが溢れる。

 この要約は、概念的に聞こえるかもしれないが、読み進むに連れ、実証的に、具体的に、それを掴み、深めていくことができるだろう。

 あなたの人生を統合するためには、自分の人生を、あなたが当事者でありながらも一歩離れて見ることによって初めて可能となる。

 そのための、あなたの天命を探求する第11の質問はこれだ。

 「あなたは、自分の人生を、経営を、どのように観察していますか?」

 世阿弥は、63歳のときに書いた「花鏡」(かきょう)という本の中で、「離見の見」という言葉を使っている。晩年の世阿弥の達した境地で、経営者にとっても極めて重要な概念だ。

 世阿弥は、自分が舞台で能を舞う最中に、観客の目から自分の演技を見るこができたのだ。自分を離れて見るという見方は、一見、「俯瞰する」という意味と似ているように思えるが、実は、大きな違いがある。

 これを理解することは、経営者にとって、極めて重要なので、ひとつのアナロジーを使って考えてみよう。

 私たちは地球に住んでいるが、地球全体を見ることはできない。一方、月の上から俯瞰すれば、青く輝く地球やそれを取り巻く薄い大気の膜までも見ることができる。しかし、どんなによく見えても、月の上に降り立ってしまえば、地球に住むこともできないし、地球に何の影響を与えることもできないのだ。

 「離見の見」では、自分はあくまで当事者でありながら、一方では、観客の視点から自分の行動を見て、冷静に必要な修正を行うことができるのだ。ただ、評論家的に分析するのではなく、当事者として実際に結果に違いを創ることに主眼があるのだ。

 そして、経営者にも離見の見が必要だ!

 それには、自分の人生を通時的に観察し経営者として統合することが出発点だ。

 ここでは、あなたは、自分の人生と経営の当事者でありながら、その中に一貫した不動の使命を観てそこから、自分の人生の肯定と経営の方向付けを行うことができるのだ。

 あなたは人生という舞台で舞っている最中に、時空を超えて自分を過去からも未来からも観ることができたらどうだろうか?しかも人生を統合的に観ることで、経営と言う場で最も大切にされる未来をも透徹できるのだ。

 私はこれを概念的な話にしようと思っているのではない。天命天職を探求する研修道場で、すでに1000例を超える人たちの人生を貫くもの、つまり、天命を、データベース化して分析した結果を話しているのだ。実際の例をあげてみよう。

 あなたの人生を貫く不動のものは、まずは、「動詞」で表現される。

 変革する、開拓する、挑戦する、和する、癒す、育てる、応援する、解決する、造る、創作する、分析する、などだ。

 次は、「何を通して」、そして「どのような対象」に対して、が付け加わる。 この3つのキーワードによって、あなたの人生を統合できるのだ。

 私の友人のタクシー会社の経営者で、このような人がいる。

 「自分の人生を振り返ってみると、一貫して、自分は主役になるのではなく、自分の回りの人がうまくいくように応援をしてきた。また、どんなひとでも応援するのではなく、体が弱いひとや、困った問題を抱えている、弱い立場のひとを見ると行動を起こさずにはいられなかった」というのだ。

 この友人の人生を、3つのキーワードで統合して表現するとこうなる。

「タクシー事業を通して、体に障害を持った人たちを、応援する。」

 「障害を持った人たち」という言葉に着目してほしい。ここに友人の事業の未来の独自性が、見え隠れしている。

 人生の統合から生まれたこの使命は、過去に意識するか否かに拘わらずやってきたことだし、未来もやっていくことは間違いない。

 それを本気で志すときに、車椅子が収納できるタイプの自動車の台数が増え、運転手への応募者の中に介護に関心のある人たちが増え、会社自体もタクシーを使った介護事業に乗り出すことになるかもしれない。あるいは、介護の学校を経営することになるかもしれない。

 人生の統合の延長線上に未来があり、そこから来る仕事のエネルギーと独自性は、その人の人生からくる固有で、不動のものとなるのだ。

 これは、会社の歴史にも当てはまるだろう。会社の過去の歴史を振り返りることで、会社の霊性の統合をすることもできるのだ。

 自分の人生を統合的に見るこの目は、自分の人生を見るだけではなく、経営者や会社の人生をも見ることが可能だ。つまり、自分や人の人生を観る見方は、人の人生や会社の未来に大きな違いを創ることになる。

 ここまで言えば、世阿弥の言う離見の見と、私が言う人生の統合から観る目とは、微妙に異なることに、気づいた人もいるだろう。観客の目はひとつではなく、複数あることに気がつく。それでは、世阿弥が言う観客(見手)とは誰なのだろうか?観客の目とは一体何をいうのだろうか?

 さまざまな価値観や基準から観客は、経営者を見ていることになる。それでは、経営者はどの目で自分を見れば良いのだろうか?その答えの一つが、統合された自分の人生から示唆される天命という視点に立つことかもしれない。

 さて、もう一度、天命と経営を探求する第十一の質問を、あなたにしよう。

  「あなたは、自分の人生を、経営を、どのように観察していますか?」

 これから、私たちは自分の人生だけでなく、人の人生をどのように見ていくのかという探求領域に入っていこう。また、自分で意識する自己の姿だけではなく、複数の離見の見を持つことで、さらに、効果的な経営や人間関係を構築することができる可能性があるのだ。

 ここからが、面白いのだ。

                        

                          出口 光

 
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