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出口光の「天命と経営」 10号


天命を仕事で表現する

  

 私は、目に見えないもの(心や魂の分野)のことを「霊性」と呼んでいる。逆に目に見えるもの(商品や仕事など)を「体」と呼んでいる。

 これまで、この霊性の部分が、私たちの実際の経営や人生に影響を与えていることを観てきた。その究極が天命だ。

 人生を貫く一本の柱を見つけ、それを自身の天命として志し、あなたの人生の過去と未来を統合、そして、天命から溢れ出る計り知れないエネルギーを目に見える「体」として表現すれば、それが天職となる。

 では、あなたの天命を探求する質問をしよう。


 「あなたの仕事の中に、自分の天命が表現されているだろうか?」


 「今やっている仕事は、私の天職だろうか?私が本来やるべきことだろうか?」この疑問は、経営者だけではなく、多くの社会人が抱える問題だ。

 多くの人たちは、自分の天命と仕事を天秤にかけ、悩みながら生きている。

 転職を考えている人たちに一番多い理由は、「自分には今の仕事は向いていない。きっと自分の天職は他にあるはずだ」と考えている。つまり、仕事を見て、私のやりたいことではない、自分に合っていないと判断しているのだ。

 適性テストや適職テストをやることで、その人の職業や職種の向き不向きを診断する考え方に、それは、代表されている。これは、特定の職業は、特定の特性を持つ人に向いていると考えるからだ。

 果たしてこれでよいのだろうか?

 分かりやすいよう経理部門で例をあげてみよう。そこでは、ミスが少なくこつこつと仕事を忍耐強くこなしていく、いわゆる経理マンたちがいるというイメージを私たちは持っている。しかし、会社の経理部門に同じタイプの人たちばかりがいたらどうなるだろうか?

 経理の性質上、必要なときには、勇気を持って経営者に直言、苦言を呈する人も重要だ。また、経理部門は孤立してその仕事をまっとう出来る訳ではなく、 他部署との連携は必須である。人間関係を大切にし、拡げていく人も必要となるのだ。

 典型的なイメージの経理マンだけでは、すばらしい経理部門は成り立たない。いろいろな個性と天命を持った人たちがいて初めて、機能的な経理部門ができあがるのだ。

 コツコツと真面目に、ミス無く仕事をするひとは、経理に向いている。適性テストの結果によって、このような観点から経理部門に人材を集めたらどうだろうか?同じ種類の人たちばかりが経理部門に集まってしまうことになる。

 もうひとつ居酒屋のウエイトレスを例にとって探求してみよう。店に入ると、紋切り型の「いらっしゃいませ。こんにちは」から始まり、メニューを持ってきて、注文をするとそれをオウム返しに繰り返し、「これでよろしかったでしょうか」と去っていく。

 いろんな個性のあるウエイトレスがいるはずだが、全く同じような印象を与える接客方法を教育している。

 そこでは、「この職業にはこんな人」という紋切り型の思想が息づいている。このような職場で、働く人たちの多くは、生きがいを感じ輝いているだろうか?

  私はそうは思わない。

 人は、その職業が向いていないと悩むのは、自分の天命が仕事に表現されていないからだ。経営者にとって、自社の社員が「これは、自分のやりたいことだ」というところから仕事ができるようにするのは、永遠の課題だ。

 一人のウエイトレスは、人が好きで人と親しく交わることが喜びであるなら、つまり、「和を創る」ことが天命かもしれない。彼女は、顧客に親しく話しかけ、名前を覚え、愛想がよく、親しまれるような接客が可能だ。

 別のウエイトレスは、「工夫をする」ことが天命かもしれない。

 それなら、顧客の注文した料理に、「それには、こんな料理が合いますよ。食べる順番は、この順番にしましょう」と話しかけることで、顧客はその知性に引き付けられるだろう。

 また、他のウエイトレスの天命は、「新しいものに挑戦する」ことかもしれない。

 それなら、新しい料理を勧めたり、顧客がいつも食べているものを聴き、別のジャンルを勧めることができれば、彼女は、活き活きと仕事ができるだろう。

 ここで強調したいことは、同じ職業でも人それぞれ天命が違うということだ。その天命を自分の仕事に表現することによって、人は輝き、すばらしい成果を生み出すのだ。

 もし、社長が自分の天命に志すのと同時に、社員一人一人の天命を見極め、それぞれの仕事の中で表現することが可能ならば、どうだろうか?

 私は、以前、米国からデザイナーを招いたときに、新宿でしゃぶしゃぶをご馳走した。その席に付いたウエイトレスは着物姿だった。ポチャッとした下膨れの顔の、特徴の少ない。眼鏡をかけた若い女性だった。

 英語は話せないけれど、彼女のサービスは愛情が溢れていた。出過ぎず、影のように密やかに氣を配っていた。

 デザイナーがトイレにいくときにも、気がつくといつの間にか寄り添い、案内をしてくれた。料理もどんどん進めるのではなく、 お椀が空になるころに、そっと野菜や肉をよそってくれた。

 米国のデザイナーは、そんな彼女が大変気に入った。

 帰り際に、デザイナーが「料理おいしかったよ。君のサービスはすばらしかった」といってほしいと言った。それを彼女に伝えると、彼女は、なんと言ったと思いますか?

              少しはにかんで、「しあわせです」 と言った。

 あまりに、意外で聞いたことのないお返しの言葉に、私たちは思わず目を見合わせた。一般的には、「ありがとうございます」と言うか、あるいは、「至らないサービスで申し訳ありませんでした」とへりくだるのが落ちではないか。

 「しあわせです」ということで、お客である私たちが、彼女を幸せにしたことになる。それほどの返礼の言葉があるだろうか?逆に、私たちが褒められたことになってしまったのだ。なんだか誉めた私たちも幸せな気持ちになった。

 こんな言い方もあるのだ。彼女は、ウエイトレスとして接客しながら最高に輝いていた。紋切り型の教育ではこれは不可能だ。

 しかも彼女の天命が「人に奉仕をする」ことだから、これが可能になったと言えるかもしれない。同じことを言ってもだれでも同じような効果を生むというわけではないことは、明白だ。

 うちは、大衆チェーンの居酒屋だから、高級店とは違う。だから関係ないんだ!という風に観ないでほしい。一人ひとりの個性が現れるような接客を出来る教育は可能だ。

 もし経営者や上司が、自分の天命だけではなく、従業員の個性や天命を掴み、社員一人一人を自分の天命に向かわせることができれば、すばらしい職場ができあがるのだ。




 
 
 つまり、一人ひとりの天命が核となりそれが仕事に表現されるなら、これまでと同じ仕事でもそれは天職となり、その質は次第に進化し、やりがいのあるものとなるだろう。

 最後にもう一度、質問をしよう。

 「あなた自身の事業の中に、あなたの天命は、仕事の中で表現されていますか?あなたの社員の天命は、仕事の中で表現されているだろうか?」
                        

                          出口 光

 
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