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出口光の「天命と経営」 3号

心のシーソー

          
あなたの天命を明らかにする第二の問い

一体、何が自分の魂の欲するところなのだろうか?

 あなたは、この第二の特殊な問いの意味がわかるだろうか。そして、答えられるのだろうか?

 おそらく多くの人は、この質問の意味さえわからない。そして意味がわかっていても、答えに窮するのではないのだろうか?

 「魂の欲するところ」とは、自らの使命だと理解して欲しい。

 使命とは、生涯にわたって捜し求めるものではなく、人は、それぞれ自分の使命をすでに知っており、自分は何をやるべきなのかも、判っているものだと確信している。

 つまり、たとえ自分の使命に気づいていなくとも、自然と使命に従った行動をとっているのである。

 ただし、自分自身が持つ「使命」が不動であることを掴んでいないと、揺れ動く心のひとつ、ひとつに行動・思考が支配されてしまう。あるいは、その使命も、揺れ動く心の動きのひとつになってしまい、自ら知っているはずの使命が秘されていくのである。

 経営の現場は、「人間の弱さ」と「欲」と「信念」が、渦巻く凄まじい場所だ。

 特に、めまぐるしく変わる経営環境の先頭に立ち、舵をとらねばならない経営者は、その時どきによって「揺れ動く心情」に支配されやすい。

 経営者ならば、自らの経営を振り返っていただきたい。少なくとも自らの経営が「揺れ動く心に」思考が、支配されてしまいそうな時があるはずである。

 私にも、経験がある。

 先代から経営を引き継ぎ、私が経営再建のために、社長として現場に立った時、同じようなことが私自身にも起きた。

 バブル崩壊後、会社が抱えていた膨大な不良資産と厳しいリストラ、営業の不振の中で、多くの社員を抱えながら、会社の将来が見えない。そんな環境が、私に強烈なプレッシャーを与えた。

 その時、私は、本来、絶大なる信頼を持って接しなければ成らない幹部への心情が、情けないことに、風の前の木の葉のごとく揺れ動いていたのである。

 決断を迫られるも、揺れ動く心に惑わされ、見失しないそうになっていたのだ。

 しかし、自分自身の「不動のもの」を見据えることができたとき、心から幹部を信頼し、どんな経営環境に置かれようとも、会社の再建に必要なことを決断し、断固として次々と実行できた。

 経営者として、重要な決断を下す時、意識する、しないに関わらず、自分自身の「揺れ動く心」が自身の行動に強く影響を及ぼしている。

 経営者は、自分の中の不動のものを掴み、自分の決断は、不動のものから来るものなのかと、常に問い続け、決断を下さねばならない。

 でなければ、めまぐるしく変わる経営環境に、心が揺り動かされ、本来やるべきことが秘され、過ちを犯してしまうのだ。

 使命に基づく経営がいいのか、その都度、揺れ動く心に支配される経営、どちらが良いのかと言えば、答えは明白だ。ここでは、自分自身の天命とも言える使命を真剣に考えるための18の質問を基礎に、共に、天命を探求して行きたい。

 ●本音が建前とならぬように

 よく、私たち経営者は、社員に向かって、経営理念を話す。「顧客満足」や「安全第一」「最高の品質」「社会に貢献する」「人事の公平」…などだ。

 このような経営理念は、経営としての大義である。しかし、時として、現実の厳しさを前に、心の中では、実際には、それに反する考えがしばしば浮かんでくるのではないだろうか。このような場合、果たして、前者が建前で、後者が本音ということになるのだろうか?

 そうではないはずだ!

 それらは、どちらも本音であり、「心」の分野の本音と「魂」の分野の本音が共存しているにすぎない。不動の大義とも言えるものが、「魂の分野」であり、揺れ動く心情の吐露が「心の分野」なのだ。

 魂の分野である自分の大きさや志を表現した理念や目標が、いつの間にか「建前」という言葉で分類され、「心にも無いこと」にされてしまうことがある。

 気づかぬうちに、自分の中でも、偽りのものに分類され、魂の入らない文字通りの「建前」になってしまうのだ。

 「建前」となってしまった理念や目標は、社員にいとも簡単に見抜かれてしまうのである。魂の抜けた目標は、やがて社員に感染し、企業文化は全く別のものとになり、さらには目標達成をする力を失い、失速するのである。

 経営者は、心の移り変わりによる想いと不動のものを自分自身で真摯に区別することで、大義としての理念や目標が、いつの間にか、建前とならぬよう、「魂の分野」を見失わないよう、気をつけなければならない。

 心の移り変わりによって、魂の分野が、かき消されてしまわぬよう、自分の奥底に眠る、不動のものを掴む必要がある

 では、違った側面から、「心と魂の分野」の存在を見てみよう。

 一般的に、「マイナス思考をしてはいけない。プラス思考こそ、運命を好転させる」と言われる。しかし、ここに、大きな落とし穴が存在しているのである。

 そもそも、プラス思考もマイナス思考もどちらも必要な心の機能として、人間にプログラムされている。

 どちらかに自分を置き続けるなんてことは、到底不可能なのだ。

 プラス思考は、マイナス思考の反対側にあって、プラス思考もマイナス思考も、同じ心というシーソーの両極の動きとして捕らえなければならない。

 人の心は、マイナス思考とプラス思考の間を揺れ動く。

 プラス思考をしなければと思えば思うほど、マイナス思考が出てきたときに、プラス思考ができない自分自身に落胆するのである。

 この「心のシーソー図」は、プラス思考もマイナス思考も同じ心の両極の動きだということを示している。

 


 この図の通り、心のシーソーを支えている支柱は微動だにせずに、いつでも心の真ん中に存在している。

 この支柱こそがあなたの不動の魂の分野なのだ。

 この不動の魂をしっかり認識していないと、環境によって変わる心にいつまでも、左右される人生を送ってしまうことになる。

 忘れないで欲しい、

 どんな環境におかれようが、あなたを支える支柱は、微動だにしないのだ。心の分野に浮かんでは消えるものと、魂の分野にある動かないものとを同じ分野で、観ないで欲しい。

  耳を澄ませて、自分自身の心の動きを支えている支柱の声を聴いて欲しい。自分の奥底から出てくる魂とも言える輝く本質は、あなたの中に秘かに存在しているのである。

         最後に、もう一度、第二の特殊な問いをしよう。

 「一体、何が自分の魂の欲するところなのだろうか?」

 私達は、この究極の問いに応えるために、さらに、探求を続けよう。

                       

 出口 光

 
※出口光氏に質問のある方は、なんでも結構ですので下記にお寄せください。
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