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あなたの天命の構造を明らかにする、最初の特殊な問いは、これです。
「あなたは自分の魂が欲することに生きていますか?」
「それとも生活のために仕事をしていますか?」
先日、あるITの上場企業の社長に会い2時間ほど話をした。
「出口さん、私にはやりたいことがある。しかし、私には、家族や社員、大勢の株主がいる。今は、利益を徹底的に追求して、税金を払い、株主に報いることに徹する。今、私の時間は、法律の許す
範
囲の中で、100%利益追求のために時間を使う。そして税金をたくさん払い社会貢献をする。だから、早く来世を迎えて、本当に自分のやりたいことをやりたいよ」と言う。
立派な経営者だ!しかし、こんなに成功しているのに、来世のことを考えているのだ。
また、私の友人の公認会計士は、「私には夢がある。それを実現するために、いまはやりたくない仕事をやっている。この仕事でお金を稼いで、ほんとうにやりたいことをやる」と。
「やりたいこと」と「今やっていること」は、二人にとって明らかに異なっている。
多くの場合、私達は「やりたいこと」と「今やっていること」の不一致に直面している。そして、諦めるか、それに注意を払わなくなっているか、人生なんてこんなものだと達観しているのである。
いずれにせよ、自分の中で、この二つの生き方の衝突を、多かれ少なかれ経験している。でも、皆さんは、生活のためや、建前のために生きるような人生を送りたいと思っているでしょうか?
もし私たちには、本来やるべきことが定められており、それが形となって、天職として発展することができれば、どれだけ幸せな人生を送れるのだろうか?
「楽天」という言葉があります。これは、天命・天職を楽しむことを意味している。
明治初期に、日本銀行の前身である第一国立銀行を設立し、500の株式会社を設立した日本資本主義の父と言われる渋澤栄一は、一人ひとりに、天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世の第一要件であると言っています。
まさに、自分の天命を自覚し、それを全霊でやれば、どんな厳しい場面でも、結果は天に任せ、悠々と人生を楽しみながら、文字通り楽天的に生きることができるということだ。
いまは、ほとんど死語となっている「天命」と言う言葉を、日本の資本主義経済の基礎を創った男が、もっとも大切なものとして扱っているのだ。
さらに、それぞれの人が持つ天命の内容は、頻繁に変わるものではなく、終始一貫、明らかに人生を貫くものであり、不動のものであることを示唆している。
私は、この「天命」を「心」の分野ではなく、「魂」の分野だと思っている。経営者魂、職人魂と言ったときの「魂」は、強く動かない確固たるものでなければならない。
一方、経営者心(こころ)、人間心(こころ)と言った時には、日々の経営の厳しさに揺れ動く経営者の心情というニュアンスがある。
「ココロ」のもともとの語源は、「コロコロ変わる」というところから発生している。
人の心には、一日におびただしい量の考えが浮かんでは消える。
ある従業員に対して、辞めさせたいと思うことがあった直後に、迅速な行動を見れば、優秀な社員だと思うことがありませんか?
利益優先だと思えば、安全第一だと思うこともあります。このように、心は、その時の状況や感情しだいで常に揺れ動かされているのです。
図を見てほしい。「魂」と「心」は、両方とも目に見えない分野のことであり、似ているように思えるが、はっきりと区別するものだと確信している。また、この目に見えない分野のことが、「行動」という目に見える分野に影響を与えているのである。
しばしば、この「魂」の分野が、「心」が揺れ動くことによって、曇らされ隠されてしまうことがある。「心」の支配によって判断を間違え、とんでもない行動をしてしまうのだ。
「自分の心に素直になろう」などと、しばしば言われるが、環境しだいで揺れ動く心に焦点を当ててしまうと、自分には、何も確固としたものがないし、人間関係もうまくいかないと苦悩することになる。
気づかない内に、自分の心情の動きを自分そのものだと勘違いして、「自分には自信がない。定見がない」などと、あっち行ったり、こっちに行ったりと、揺れ動く人生を送ることになるのです。
また、同様に、相手の時々の心情の動きを相手そのものだと判断して、「人が信じられない」などと、人間不信に陥っている人もいる。
しかし、私達には、自分の奥底に秘された、不動のものが存在しているのである。
それは、私達の人生を貫く指針や人生の羅針盤というべきものである。これを見つけることが、ゆるぎない人生への近道となる。
さらに、もし自分の出会う人たちの中の「不動のもの」を見抜くことができ、そこにアクセスすることができれば、数えられないぐらいの、一生のパートナーを得ることになるだろう。
最後に、もう一度質問しよう。
「あなたは自分の魂が欲することに生きていますか?」
さて、皆さん、次回は、次の質問で始めたいと思います。第二の特殊な問いは、これです。
「自分の魂の欲するところは一体、何だろうか?」
この質問を問うてみると、ほとんどの人は、明確に答えることができないだろう。
「出口さん、それは、自分の天から与えられた使命のことであり、そんなに簡単に答えられるものではない。生涯かけて探求するものだよ」という声が聞こえてきそうです。 果たしてそうなのでしょうか?
皆さんの天命の探求は、今、始まったばかりであり、「特殊な問い」がそれをしだいに明らかにするでしょう。
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