西嶋和夫の「社長のための坐禅入門」 9号

「行ないの哲学

 行ないの哲学という言葉は、耳慣れない言葉であると思う。

 しかし、われわれが何故日常生活の中で坐禅をする必要があるのかを考えてみると、釈尊の教えは、人生において大切なのは、考えることでもなく、外界からの刺激を受け入れてそれを楽しむことでもなく、われわれが日常生活の中で、絶えず出会っている現在の瞬間において行動することが、もっとも大切であるという思想である。

 そして、その説明をするためには、まず佛教哲学の根本である四諦(したい)の教えに関する説明をしなければならない。

(1) 四諦(したい)の教え

 四諦の教えは,釈尊がこの世の中における究極の原理を,先ず最初にインドの鹿野園(ろくやおん)において説かれた時の説法内容であるが、四諦(したい)とは苦諦(くたい),集諦(しゅうたい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)の四つをいう。

 苦諦(くたい)とは、とうてい地球の上では実現することのできない理想の世界、観念の世界を実現しようとして、苦しむ観念論の哲学である。

 集諦(しゅうたい)とは、現にわれわれがその中に住んでいる外界の世界を、原子,分子のような物質世界における最小単位の寄り集まりとしてとらえ、この世の中を純粋に唯物論的な立場からとらえる思想である。

 この二つの考え方は,古代インドにおいても観念論は、バラモン教と呼ばれる精神主義的な宗教として,また唯物論は,釈尊が生きられた時代に六師外道(ろくしげどう)として知られた、六人の思想家によつて説かれた唯物論、懐疑論として、盛んであった。

 ちょうど現在の欧米社会においても、精神主義的なキリスト教その他の宗教と、科学的な思考を中心とする唯物論とが真っ向から対立して争っている現代の欧米社会と非常によく似ている。

 そのような時代に釈尊は誕生された。

 しかも、幼少の頃から哲学的な探究に対して、非常に強い関心をもっておられたから、当時のインド社会が精神主義的なバラモン教と、唯物論的な六師外道(ろくしげどう)との二つに分かれて争っている状態を、何とかして救おうとされ、さまざまの修行を体験された後、最後には古代インドに古くから伝わっていたヨガの修行の中の坐禅の修行に頼って、観念論と唯物論との束縛から解放され、行ないを中心とした仏道の教えを確立された。

 したがって、仏道における四諦の三番目の教えは、行ないの哲学であり、釈尊は坐禅の修行を熱心に実行されることにより、われわれの日常生活における中心が、頭で問題を考える思考の世界でもなく、また感覚的に外界からの刺激を受け入れる感覚の世界でもなく、われわれが身体と心との両方を使って実行する現在の瞬間における行ないであることを発見した。

 その結果、われわれ人類は、毎日朝晩坐禅の修行を実行し、絶えず自律神経をバランスさせて、現在の瞬間における行ないに努力を集中することが、人間の最も正しい生き方であることを、釈尊は主張された。

 そして、そのような日常生活における正しい行ないを、絶えず積みあげて行くことが、われわれの最高の人生を作り出して行く原動力であり、そのように真剣な日常生活を道諦(どうたい)と呼んだ。

(2) 社長と坐禅

 もしも、会社の総司令官である社長が、そのような生活を送るようになった場合、会社にどんな変化が現れるであろうか?

 いやー、そんな固苦しい生活は真っ平だとお感じの方が、ほとんどすべてであろう。

 しかし、実際に始めてみると、決してそんなものではない。

 日常生活における気持ちが、非常に落ち着いてくる。

 どんな突発事故が起きても動揺することがなくなり、眼の前の事実を眺めながら、最も緊急な解決策は何かを考える。

 絶えず気分が朗らかであるから、誰に対しても優しく接するようになり、誰からも好かれるようになる。

 非常に健康になる。

 食べるものがすべて美味しく感ぜられ、食物に対する不満が消える。

 直観力が鋭く働くようになり、自分でも予期しなかったような名案が浮かぶ。

 何事にも辛抱強くなり、やりかけた仕事を途中で投げなくなる。

 他人との応対が上手になり、心を打ち明けることのできる友人が増える。

 決断が厳しくなり、安易な方針変更をしなくなる。

 人づきあいが上手になり、友人が増える。

 気分的にリラックスするから、言うべき事ははっきり言えるようになる。

 大局の判断が間違わなくなる。

 不遇な時も腐らずに過ごすことができる。

 総じて、自分自身の人生を100%楽しむ事ができる。

 結論的に、この世の中に生まれて来て,良かったなあと思う。

                                       (次号へ続く)

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