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柿内幸夫の「社長の現場改善」82

「“ムダ”の真意

 先日読者のUさんから、今連載している「ムダ」についてご質問を頂きました。その内容を要約すると下記のようになります。

 「ムダを取ると経営が良くなるということは理解できる。しかし、一方的にムダの存在を否定していいものだろうか。私はムダにはそれなりに役割があるように思える。たとえばボーっとしている時間があったとして、それは手待ちのムダと言われるかもしれないが、それが役に立つということはよくあるものだ。」

 この質問は大変に良い重要な質問であり、タイムリーです。ありがとうございました。

 私の考え方を説明いたしますが、切り口は2つあります。

 ひとつは日本語の言葉が持つ表現の曖昧さ。そしてもうひとつはビジネスとプライベートの使い分けです。

 まず言葉から。

 以前に5SのそれぞれのSが英語に訳されていて、日本語より英語の方がはるかに分かりやすい面があるというご紹介をしました(27号)

 あるいは日本語の「考える」という言葉をアメリカのある会社では具体的にステップに分けて定義づけしているということもご紹介しました(13号)

 どうも英語の方が、言葉の意味については日本語より具体的である気がします。

 やはり人種のルツボである国だけに、言葉の意味を分かりやすく明確にする必要があるのだろうと思います。

 一方、日本語の方は言葉の意味が広く、主語が欠けることが多く、イエス・ノーが曖昧で・・・といったことから、内容が何通りかに解釈できてしまうことがあります。

 国際会議の場で、通訳の方が日本語から英語に直す時に、発言した日本人のスピーカーに「もう少し具体的に説明して下さい」とお願いしている場面を何度か見かけました。

 通訳の方がその場でスピーカーに質問するというのも、あまりいい光景ではないのですが、私もその場にいてスピーカーの日本語は言語明瞭・意味不明瞭だと思いました。

 そこでムダについてですが、「7つのムダ」でお話したムダは、英語では“waste” と訳されています。意味を調べると、浪費、空費、むだ遣い、とあります(ジーニアス英和辞典)。

 そして私はそれぞれの「ムダ」について定義をしてきましたが、その内容は明らかに “waste”です。

 しかし、Uさんがムダと呼んでいる「ボーッとしている時間」は “waste” でしょうか? そうではないと思うのです。

  “waste” の時間もあるいは意味のある時間も両方とも「ムダ」という言葉で表現してしまったため誤解が生じたといえるでしょう。

 次に、ビジネスとプライベートの使い分けについてお話します。

 私の話はビジネスの場面については、きちんと実行をお願いしたい内容でありますが、プライベートにまで適用をお願いするつもりは全くありません。

 ビジネスの場面では、たとえば、5Sは絶対に必要です。品質や安全やコストといった経営にかかわることですから、みんなで同じ理解をした上で、しっかり実行します。

 しかし、いったんプライベートの世界に戻ったら、それは個人の自由です。きれい好きな人の部屋がスーパー整理整頓の見本状態であり、そうでない人の部屋がゴミ屋敷同然ということがあったとしても、個人の好き嫌いが優先します。どうぞどちらでもお好きな方を、でいいのです。

 ムダも同じです。「給料をもらったらその日のうちにパーッとムダ遣い!」・・・は善でしょうか悪でしょうか?

 会社は社会的な責任があり、また従業員の生活の安定が求められていますから、そんなことをするわけにはいきません。

 しかし、個人の場合は全部自分で責任を取るのですから、人に迷惑をかけないのであればいいじゃありませんか、少しくらいムダ遣いしたって。

 ですから、Uさんが会社でみんなと一緒に作業をしている時にボーっとしていたとしたらそれは困るのですが、家でボーッとするのでしたら積極的にするべきです。何か癒(いや)される光景が想像できます。

 Uさんにはこのような話をしてご理解を頂きました。

    
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