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板垣宏征の「見えない・からだ学」 76

「風のように、雲のように

 今回は、シリーズをお休みさせて頂いて、ある方への追悼を述べさせて頂きたいと思います。

  河合隼雄先生。今月19日、79歳で、逝去されました…。

 元文化庁長官。初代・国際日本文化研究センター所長。元・京大教授。ユング心理学をはじめて日本に紹介し、カウンセラーという仕事を日本に定着させた人。著著も100冊を優に超え、多くの教育者、治療家、カウンセラーに影響を与え、数々の賞を受賞されました。

 20日の新聞各紙は、河合隼雄氏死去の記事とともに、先生にゆかりのある著名人の追悼記事を次々と掲載し、先生の各界への影響力を偲ばせました。

 僕が、先生の肩書きで最もしっくりくるのは、ご自身で好んで名乗っていらっしゃった「日本ウソツキクラブ・会長」というものです。ジョークが大好きな先生は、1秒に1回ジョークを飛ばすと言われるくらい、笑いと笑顔に包まれた人でした。

 僕からすれば「雲の上の存在」とも言える先生ですが、なぜ、こうして追悼文を書かせてもらうか、先生と僕の交流についてお話したいと思います。

 僕が初めて先生の講演を聞かせて頂いたのは、僕が所属する日本ホリスティック医学協会のシンポジウムで、先生を講師にお招きした時のことです。

 かれこれ8年前のことだったと思います。その時の講座の内容は忘れてしまいましたが、先生の笑顔とジョークだけは、僕の脳裏にこれまでにないインパクトと、爽やかな印象を残し続けました。

 「現代人は、『理由付け病』という病にかかっています。たとえば、僕の目の前に風船がぶら下がっているとします。僕がもし、その風船の、ぶら下がっている理由にいっさい触れずに講演を続けたら、皆さん、風船が気になって、講演を聞くどころではないでしょう。なぜ、風船がそこにあるのか、その理由を説明してほしい。そうでないと落ち着かない。きっと、こうした心理はいろんな場面で現代人を焦燥感に駆り立てているのでしょうね」

 先生の、このたとえ話を僕は痛く気に入って、一気に河合隼雄ファンになってしまいました。先生の本を棚いっぱいに買い込み、関西で行われる先生の講演会にしばしば足を運びました。

 カウンセラーとして、治療家として、多くの悩みや行き詰まりに直面した時、僕はいつも先生の著書に救ってもらいました。先生の本は、どんな出版社でも、先生の書いた一字一句をそのままに掲載し、校正はいっさいしないことで有名です。

 だから、本を読んでいても、何だか先生に語りかけられているようで、いつも、そっと勇気をもらえるのでした。在野(ざいや)のカウンセラー、治療家、セラピストで、河合先生の本に勇気付けられ、仕事に自信を取り戻した人は多いと思います。

 さて、先生の講演を初めてお聞きしたときから、7年の歳月を経て、僕は当時、文化庁長官の職にあった先生宛てにお手紙を書きました。

 この7年間、先生の本に励まされ続けたこと、おかげで治療家として自信を持てたこと。ついては、感謝の意味も込めて、僕が主宰する講演会で先生を講師にお招きしたいこと。

 大胆なお願いであったと思います。神戸の一零細企業、しかも、こちらは「ココロとカラダの謎研究所」などという、けったいな看板を掲げています。怪しいったらありゃしません。

 とても文化庁長官が引き受ける仕事ではないだろうな、と半ばダメもとで思いをぶつけたその依頼に、先生からの返事は、意外や意外、なんと、OK!

 こちらが提案させてもらった講演タイトル、『こころって謎ですね』に対し、「面白そうですね、お引き受けしますよ」と、直筆のお返事。

 これを見た時の僕は、全身から目が飛び出た(ビヨーン!!)ような感激ぶりでした。スタッフたちと万歳三唱して「これは、ぜひとも世紀の講演会にして見せよう!」と誓ったものです。

 その矢先のことです。先生が脳梗塞に倒れられたと、文化庁秘書の方からご連絡を頂きました。昨年8月のことです。

 “な、な、な…!?”僕は、しばらく動けませんでした。少しして正気になると、もう、ただただ、先生の奇跡的な回復を祈るばかりでした。

 意識・無意識の不思議さを説かれていた先生のこと、しばらく無意識の世界に浸り、その世界を楽しんでいらっしゃるのだろう、と。

 でも、約1年間にわたる入院と療養の甲斐なく、先生はけっきょく意識を取り戻すことはなかったのです。

 先生にお会いできたら、あれも、これも、ぶつけてみようと思っていました。カウンセラーという仕事、セラピストという仕事がこれからの日本にいかに大切になるかを語り合いたかった。

 不遜な願いですが、この思いを素直にぶつけても、にっこり笑顔で応えてくれるだろう先生の顔が、僕の目にははっきり浮かんでいたのでした。

 その河合先生が、亡くなってしまった…。何か、暖かな包み毛布をひきはがされたような赤ん坊のような気分です。僕と同じような気持ちにうちひしがれている教育者、治療家、カウンセラーは、全国にたくさんいるに違いありません。

 僕のような幽かな関係の者ですらそうなのに、先生の薫陶を直接受けた多くの方々の悲しみは、いかばかりかとお察し申し上げます。

 多くの、本当に多くの人に、雲のように接し、そして、風のように去って逝かれた河合先生へ、心からご冥福をお祈り申し上げます。

 お疲れ様でした。ほんとうにありがとうございました。先生のその何とも言えない笑顔は多くの人の心に根を下ろし、先生の心は、それぞれの心の中でしっかりと熟成されていくはずです。

 最後に、いつも僕に力を与えてくれた、河合先生の言葉を書きます。

 「カウンセラーという仕事はゴミ箱みたいなもんです。来る日も来る日もクライエントの悩み事の吐け口になる。でも、その中に、小さなダイヤモンドを見つけることができるのがカウンセラーという仕事です。そのダイヤモンドに磨きをかけ、かけがえのない宝物にできる。カウンセラーという仕事にとって、それが何よりの報酬なのです」



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 株式会社なぞけん ココロとカラダの謎研究所 
  代表取締役 板垣宏征

 ※板垣宏征氏に質問のある方は、なんでも結構ですので下記にお寄せください。 okada@jmca.net
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