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板垣宏征の「見えない・からだ学」 12号 |
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「生活編 (5)言葉の力」 |
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「時間」「呼吸」「人間関係」「食」と続けてきた「生活編」の最後に、「言葉の力」についてお話して、今年の締めくくりにしたいと思います。
わたしの研究所には、中小企業経営者の方も多く相談に見えられます。ご自身の健康相談が主な内容ですが、健康と人生・生き方とは切っても切れない関係なので、相談内容はよく経営・事業についてのお話になります。 ・自分の事業はどのような社会性があるのか? ・従業員の求心力となるヴィジョンを自分は持ちえているか? ・事業を継承してくれる人材をどう育てたらよいか? こうしたことを四六時中考え、なおかつ、日々の決断と指示を迫られるのが経営者の宿命なので、そのような方に「それは置いておいて、ご自身のからだについて考えましょう」というのは、とても非現実的なことです。 そして実際、多くの経営者のからだに現れる症状は、事業の課題と関連しているケースが多いのです。 それも、ライフワークとして、自分の人生が仕事と切り離せない方であればなおさらです。 たとえば、経営者の腎臓が弱い場合、経営全般における配分のやり方や経営者を含めて社員の自己表現に問題がある場合があります。 腎臓は排泄器官にあたりますが、血液をろ過し、不必要なものは尿として体外へ排泄し、必要な分は再利用するという働きがあるので、自分の会社がすでに持ちえているものをどう分配するかというところで課題が現れるのです。 逆に、肝臓の場合は、これから会社の資産・財産にしようとするもの、たとえば、仕入れや在庫管理、あるいは銀行からの資金借入れや外部からの情報の入手、また、それらをもたらす社外との信頼関係に問題があることが多いです。 肝臓は外部からのものを自分に同化させるという働きがありますから、会社にとってのおカネ・モノ・情報の補給や取引先との信頼関係が、経営者の肝臓に現れる傾向があるのです。 肝臓病は、決して忘年会の飲みすぎだけが原因ではないんですね。 こうした具体例は、来年のセミナーでお話したいと思います。 ところで、「フラクタル」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか? これは「相似象」とか「部分に全体が含まれる」といった意味で、「見えない・からだ学」ではとても大切な考え方です。 会社の経営状態を見るに、トップのからだの状態を見るのはきわめて有効で、会社全体の情報が、部分的にでも経営者のからだに反映されてくるのは、まさしく「フラクタル現象」なのです。 さて、本題である「言葉の力」についてですが、経営者のストレスになっている大きな原因のひとつに、社内のコミュニケーションの問題があります。 「自分の指示が的確に伝わらない」ことを嘆く経営者は多いですが、このコミュニケーション不足によるトラブルは、どんな会社にも日常的に起こっていることではないでしょうか。 先に、経営者は会社のことをいつも考えていると書きましたが、結論から言えば、経営者の事業におけるコミットメントの深さと社員のそれとの差が、コミュニケーションの齟齬(そご)をきたす大きな要因です。 会社を離れても常にそのことばかりを考えている経営者と、そうでない社員とのヴィジョンの違いは、その時点で大きく開いており、日常業務ひとつひとつに対する解釈の違いにも現れてきますが、それは最初から仕方のないことで、それを解消するためには、社員と常にヴィジョンの共有を図っていくしかありません。 そして、ヴィジョンの共有で重要なのが、「言葉」の役割です。 「ことば」とは、「見えない・からだ学」では、 (1)事場(ことば) あるいは (2)個と場(ことば) と解釈します。 つまり、現象の背後には、いつも「場」があることを示すのが「ことば」あって、ある事柄について、それに至る状況を相手にイメージさせることが「言葉」の持つ力です。 もう少し具体的にお話をしましょう。 わたしたちが使う言語にはそれぞれの単語で、すでにそれ特有の「場」を持っています。 たとえば、「ありがとう」という言葉には、日本人が先祖代々共通して醸造してきた「場」があります。 わたしが師事した江本勝氏(国際生命の水協会会長)の研究は、水の氷結映像にそれぞれの言葉が持つ「場」の様子が反映されるということを実証しています。 当連載の第6号で、「ありがとう」の言葉を聞かせた水の氷結写真と、「ばかやろう」の言葉を聞かせた水の氷結写真を掲載しましたが、言葉の力はこうした実験室での水へ影響を与えるばかりではありません。 |
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(左)「ありがとう」の結晶 (右)「ばかやろう」の結晶 |
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これらの写真の出展元である『水からの伝言』(IHM総合研究所 波動教育社)という本には、次の実験も掲載されています。 これは子供たちが、同じときに炊いたごはんを下のようなガラス瓶に入れ、一方には「ありがとう」、一方には「ばかやろう」とある一定期間の間、声がけをした結果です。 「ありがとう」の方は発酵して、ふたを開けるとほんのりとした香りが漂い、「ばかやろう」の方は腐敗して、何とも言えない異臭がします。 |
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写真出典:『水からの伝言』(IHM総合研究所 波動教育社)
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この実験は、多くの小学校で夏休みの課題で取り上げられたりしましたが、子供たちが行なう場合は追試でもかなりの高い確率で再現性が得られます。 以上のように、「言葉」にはわたしたちが想像する以上の力が備わっています。 ただ、日常的なコミュニケーションにおける言葉というのは単語をひとつだけ発することは少ないわけで、いろんな言葉をつなげて、そのつどイメージの場をつくっていくわけです。 音楽がいい例でしょう。 ひとつひとつの音符をつなげて奏でられる曲は、個人個人のイメージをはてしなく広げてくれます。そして、名曲と呼ばれる音楽は、聴く側の多くのイメージを醸造させ、国境を越えて共通の「場」をつくりあげました。 |
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バッハ「G線上のアリア」
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| モーツァルト「交響曲第40番ト短調」 ショパン「別れの曲」 | |||
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音楽と同様、職場にはいろんな個人が集まり、職「場」というだけあって、そこで働く人たちの共有の「場」があります。 これは、社長、社員それぞれの生命場(見えない・からだ)がつくりあげた環境ですが、もちろん、それぞれが発する「ことば」も大きく影響しています。 わたしが住むマンションは、7階建てで30近くの家族が住んでいますが、誰が始めたのか、エレベーターや玄関口で会う住人同士が、必ず「おはようございます」とか「こんばんは」とかの挨拶をします。 都市住宅ではめずらしいのかもしれませんが、ここでは老若男女、金髪の高校生も小さな幼児も気持ちよくあいさつする「場」ができています。 あいさつには「相手の存在を認める」という作用があります。 おそらくコミュニケーションのよい「場」には、普段からのあいさつ、感謝の意、ちょっとした言葉がけが醸造されていて、いざ重要な経営者の指針が示されたときも、以心伝心のような、言葉を補う作用が現れるのだと思います。 コミュニケーション不足を嘆く前に、ふだんから、言葉による場づくりを意識するのが大切ですね。 |
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(株)サンクリエート波動Style事業部 |
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※板垣宏征氏に質問のある方は、なんでも結構ですので下記にお寄せください。 okada@jmca.net
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