「危地突破の経営」まえがき

 私はソロバンとカネ勘定きり能のない一介の銀行屋でしかない。その私が、危地に陥った複数の中堅企業の再建に成功したと言ったら、そこに何か秘法でもあったのかと思われるかもしれない。

 しかしこれには種も仕掛けもない。私の青年時代に失意貧困のどん底から脱出した体験と、多くの先賢の知恵を、今に活かしただけのことでしかないのである。

 かつて私が親譲りの莫大な借金を抱えて途方に暮れていたときに、「借金なんかで悩むことはない、あんなものは返せばいいんですよ」と、いとも簡単に片づけられたことがあった。

 理屈はまさにその通り、反論の余地はない。頼る人もなく、自ら可能を信じて厳しさに挑戦するしかなかった。そして馬鹿のひとつ覚えのように、借金返済に全知全能を集中したところ、「雨垂れ石を穿つ」のたとえ通りに、わずかな返済を重ねていくうちに借金の大山も崩れだしたのである。もし借金返済の困難を先にして、可能を後にしていたならば、完済は到底不可能になっていたであろう。

 だいたい企業経営の行き詰まりのいちばんの原因は借金過多にある。巨額の借金で危地に追い込まれた会社に入社したときに、「返済にまわす原資は皆無」と言われ、「全社員の頭脳の貯蓄がある」と反駁したことがある。「貧すれば鈍する」を地でいっていたのでは救いがない、「貧すれば知恵が出る」でなければならないと。

 私には「未曾有」とか「今世紀最悪」といわれるような大きな不況に、過去何度か直面してきた厳しい経験がある。しかし幸いにも先賢の知恵が強い支えとなって、危地のことごとくを突破することができた。三千年ものむかしから風雪に耐えて伝えられてきた先哲の英知は、危地にあってさらに光を放ち、時代を超えて私に突破の知恵と勇気を与えてくれたからである。

 本書は、私の血肉となった数々の先賢の知恵と、企業活動におけるその応用体験を隠さずに綴ったものである。題して「危地突破の経営」とした。

 近年、私のような老人にまで経営者からのご相談が途絶えることがない。それだけ世の中の状況が厳しいということだろう。このような時代にこそ、本書で紹介した先賢の知恵を難局打開の大きな手がかりにしていただきたいと祈るばかりである。

2003年 佳き日に
井原 隆一
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