「勝つ企業の条件」まえがき


日本では、バブル崩壊後10数年たっているにもかかわらず、いまだにバブル以前の常識で暮らしている人が多い。そして再びバブルの神風が吹くことを、耐え忍んで待っているようだ。

 こういう人達は、失われた10数年の間に、はっきりと負け組に組み込まれてしまった。やり方を変えてゆかない限り、泥沼の中をもがきながら地獄に堕ちてゆくしかないだろう。

 経営者にしても、一般の生活者にしても、人生の方法論を根本的に変えねばならない時代に至っている。今までの常識を疑ってかからねばならないのだ。

 たとえば、「寄らば大樹の蔭」ということで、大企業がなんでも良いと思われていた時期があった。ところが、バブル以降、多くの大企業はバブルの後始末に追われ、リストラをくり返しながら弱ってきた。

 また、土地さえ持っていれば、打ち出の小槌(こづち)でいくらでも借金ができ、なんでもできると考えられていた。ところがそんな幻想は、バブル以後の全国的な地価の暴落で、微塵(みじん)にも打ち砕かれてしまった。「スーパーもやっている不動産屋」ダイエーの破産はそれを端的に象徴している。

 失われた10数年を取り戻すために、ITこそが、新しい技術だと錯覚した人も多かった。しかし、これもNTTやソフトバンクをはじめ、2000年バブルでコテンパンに叩きつぶされ、新しい方向を見出したとはいえなかった。そしていまだにこの亡霊に取りつかれている人も多い。

 政府・日銀官僚は、このように困っている既成勢力をなんとか助けようと、0%金利でカネをバラまき、再びバブルを起こそうとしている。それに乗ろうとする人も増えてはいるが、果たしてどうなるであろうか。私は、このミニバブルも遅かれ早かれ、外的ショックによってパチンとつぶれると視ている。

 しかし一方で、この失われた10数年の間に、まったく新しい経営方法を模索してきた、一群の経営者がいる。

 私は、過去20数年間、ファンドマネージャーとして日本企業の調査と投資をしている間、90年バブル崩壊以降、新しい経営スタイルを身につけた企業が登場してきたことに気がついた。その企業群の経営スタイルは、私の考えている経営原則とも良く合致し、今までの日本型経営に私は辟易(へきえき)としていただけに、新鮮な驚きを私に与えた。

 その企業群を調査・検討しながら、私自身の経営理論も研鑽(けんさん)してきた。

 90年以降、私自身、日本株投資から足を洗ってしまってもよかったのだが、バブル崩壊の瓦礫(がれき)の中から、新しいタイプの企業群が続々と登場してくるにつれ、「おや、日本社会も捨てたものではないな」と思うようになってきたのである。

 そのような企業というのは、本文の中でもいくつかの例として挙げられている、SFCG(旧商工ファンド)、サンマルク、ドッドウエルBMS、アルビス等の各企業である。これらの企業群は、まさしく時代を画する日本企業となってきた。

 どのように画期的な経営であったのかということは、本文に譲るとして、やはり彼らが存立できたひとつの理由はオーナー企業だったからであろう。

 官僚化した大企業が二進(にっち)も三進(さっち)もいかなくなる中で、小さなオーナー企業だったからこそ、斬新な経営アイデアを実行してこれたのであろう。いわば時代の寵児(ちょうじ)としてこれらの企業群は登場してきた。私にとっても、日本社会に絶望する必要もなく、これらの企業の揺籃期(ようらんき)に立ち会うことができたのは、きわめて幸運だったといえよう。つまり、時代がわれわれを呼んでいたのであった。

 私は、平成デフレ時代がまだまだ続くと視ている。一時的な景気回復はあるとしても、再び不況が襲ってきた時、一時的なカンフル剤は元(もく)の木阿弥(もくあみ)に戻ってしまうだろう。

 そのような中で勝ち残る企業となるためには、私が提起した8つの条件になんらかの形で関わらない限り、とうてい難しいことになろう。とはいえ八方ふさがりではないのだ。出口は明らかに見えてはいる。問題は出口から出てゆくつもりの有無である。

 本文の例にもみられるように、やはりこのオーナーの意志というものが、勝ち残る企業にとって決定的だといいうる。そういう意味で、官僚化した大企業には明日がなく、創業したばかりの中小企業の方が、明るい未来に輝いているのだろう。だからこそ、下克上(げこくじょう)の世界が、今、開けているのである。時代は変わってしまったのだ。

 ファンドマネージャーとしての私の投資スタイルは、一風変わっている。巷(ちまた)の噂や株屋の囁(ささや)き、チャートなどからでは動かない。時代に即したまともな経営をしている企業に投資をするという戦略で運用している。それだけに、8つの条件に見合う経営をしている企業を捜すことに、血眼(ちまなこ)となるわけだ。

 幸いにも、日本でそういう企業が皆無ではないということは、私にとっても、日本社会にとっても良かったことだった。

 しかし、情況がこうなってきた以上は、私が選んだ企業群が、これからの日本企業の主流となってゆこう。いわば、それが日本の運命であり、また、そうなることによって、日本の運命は開けてゆこう。

 そうなれば、私のポートフォリオは大儲けとなるが、果たしてそうは問屋が卸してくれるかどうか。私自身も興味津々である。ひとえに私の期待する企業群の活躍如何(いかん)にかかっている。

 私の予測は、いつもカッサンドラ(※ギリシア神話に登場する悲劇の予言者)の予言になるが、今回の本書はノアの箱船になっている。小船ではあるが、これに乗り込めば、どのような洪水が来ようと、まきこまれることはないだろう。それだけは大船に乗った気持ちでいればいい。

 私は、色々な人からノアの箱船をつくるように頼まれている。日本の将来がかなり危ないことを良く認知している人にとっては、当然なことであろう。私も努めてその期待に応えようと刻苦(こっく)している。

 たしかに、ファンドもそのような対応の一貫ではあるが、本書も人々の期待に対する解答の一つになると、私は認識している。本書に示されている8つの手法を方法論的に駆使すれば、将来どのようなことが起ころうと、こわくはないであろう。但し、洪水の前で足が竦(すく)んでしまってはどうしようもないけれども。

 キャッシュフロー(※カネ回り)というものはおもしろいもので、ある特定のキャッシュフローに気をつけていると、売上を増やさなくても、自然にカネが滲(にじ)み出てきて、利益が増えてくる。たとえば、在庫を減らしたり、売掛金の回収を早めるだけで利益が出てくるのだ。

 こういうことを識(し)らずに、貧乏暇なしで売上にばかり注力している経営者が多い。そして、けっこう、損を出す売上に必死になってすがっているケースが多い。

 そういう人は、少し売上を減らしてしまえば良いのだ。すると、けっこう経営が楽になってくるはずだ。

 これがキャッシュフロー経営の真髄(しんずい)だが、これを守っていれば、おのずから、カネが自社の中から滲(にじ)み出てくる。売上ばかりが利益の源泉ではない。このような経営の原則を守る企業が、勝ち残ってゆくこととなろう。

2006年 大雪 ニューヨークにて
大竹愼一
もどる
出版局トップにもどる
日本経営合理化協会 出版局 TEL:03-3293-0041