「価格の決定権を持つ経営」はじめに、より

 企業は「価値」を創り出せ

 私はコンサルタントとして数多くの企業とお付き合いをしてきたが、一貫して企業と商品の「価値づくり」を目指してきた。価値のないものはいつの時代にも、必ず価格競争に巻き込まれてしまう。

 いかに巧みな戦略・戦術・手法を用いて販売しようとしても、それは一時的な解決にしかならない。本質的に「価値のある」ものでなければ長続きしないからだ。

 今、どの業界も低価格競争に躍起である。「安くしないと売れない」と言っては、競合他社より一円でも安くして売上を作ろうとしている。メーカー、加工業、卸、住宅、小売、建設、サービス…、どの業種業態でも同じことが行われている。

 理由を伺うと「今まで誰も経験したことがないデフレ不況だから」「構造的な新しい問題に直面しているから」…とお答えが返ってくる。だが、ちょっと待って欲しい。低価格競争は何も昨今急に始まった訳ではない。

 昔からモノが売れなくなると、必ず価格競争が始まった。景気が良く需要が安定している時に価格の変動はあまり起こらないが、景気が悪くなって需要が後退するとモノが余って売上が低下するので、企業は利益を削ってでも売上を作ろうとする。

 難しい理由を並べたり説明をするまでもなく、価格競争が起こることは別に取り立てて新しいことではない。売れないから価格を下げているのだ。売れていれば、低価格にする必要はない。

 一方で、今も昔も、そうした価格競争を尻目に、悠々と高収益をあげている優れた企業が存在している。彼らは市場の価格決定権を握り、どこよりも高収益をあげているにも関わらず、顧客から熱烈に支持されている。一体、何が違うのか…。

 企業にとって自社商品の価格が下落する本当の恐ろしさは、利益が出なくなるだけでなく、二度と価格を元に戻せなくなり、安売り企業のレッテルを社会から貼られてしまうことだ。ひと度「安売り」「安物」のイメージがついてしまうと、「本物」「高級」「価値が高い」…という商いや事業の展開は難しくなる。つまり価格決定権を持った事業を展開することが非常に困難になってしまうのだ。

 これまで何十年と努力し、こだわりのある良い商品・サービスで商いをしてきていたとしても、売上欲しさのたった一度の安売りで、培ってきた信頼・伝統・お得意先・ステータス…など、すべてを失ってしまうことも珍しくない。

 これまでの販売価格に対する不信にはじまり、品質に対する不信、忙しさからの接客・接遇のサービス劣化、客層の荒れ…など、一時的な売上増の代償はあまりにも大きい。元の価格で通常営業に戻ったとき、顧客は従来どおりに購入してくれるだろうか。残念ながら、その可能性は皆無に等しい。顧客に対して、「価値」を低下させてしまったからである。

 顧客は、その企業の「こだわりの商品・サービス」を求めて長年、購入してきてくれた。他に代えの効かない価値に対して対価を払ってきたのだ。だが、販売価格に対する不信の念が沸き起こると、安いときにしか買わないという顧客が現れてくる。価格で購入する顧客が多くなればなるほど、売上利益は落ちる。

 売上利益の減少に対して多くの企業がとる方法は、さらなる安売り、恒常的な低価格販売である。まさに悪循環だ。それが今、どこの市場、業界でも盛んに行われている。

 住宅でも、ホテルでも、卸し問屋でも、旅行でも、部品メーカーでも、印刷会社でも、飲食店でも、ビルメンテナンス業でも、どこも競合他社との勝負に、必ず価格を前面にだした競争をしている。

 経費を削り、人件費を削って、強引な仕入れを行う。挙句に品質や安全基準の低下が起ころうとお構いなしに「低価格」の商品・サービスを生み出すことに躍起である。だが本当に、顧客は安ければ買うのだろうか…。

 人は誰でも、価値を認めるものには喜んで支出をする。価値を認められないものには見向きもしないし、1円だって払いたくはない。これは変わらない普遍の人間心理である。顧客が法人であろうと個人であろうと、まったく変わりはない。自分が顧客の立場なら当たり前のこととしておわかりいただけるだろう。

 価格下落の本質はここだ。「売れない」「価格下落が止まらない」というのは、「あなたの会社の行っていることが、世の中で価値のないものになってきている」という警告なのである。

 私は、仕事の依頼を受けたときに、世の中に存在意義のある会社・商品・サービス…を創りだすお手伝いをしている。「価値」を創り出すことに全力を尽くす。

 この世に価値のないものは、いかなる努力をしても、やがては消え去ってゆく。それが自然の掟だからだ。

 事業不振で困っている経営者の方々は、判で押したように、「価格競争が厳しくて…」と、マスメディアの報道に右往左往し、売上増大のために悪戦苦闘されている。だがその努力は、短期売上増大法、見込み顧客獲得のキャンペーン、新規顧客開拓、販売チャネル開発、顧客の囲い込み方…など、多くは大切な顧客・取引先を攻略や攻撃の対象にしか考えていない、マーケティングならぬ自分勝手な儲けティング発想のものが多いのに驚かされる。

 顧客を攻略の対象としていて、どうやって顧客から熱烈な支持を受け、報われる事業を展開しようというのだろうか…。

 努力をするのなら「価値づくり」に注力したほうが賢明だと思うが、読者諸兄はいかがだろうか。「価値」を創りだす企業は、顧客から大事にされ、価格決定権も、収益も、優良顧客も、事業の安定も手に入れることができる。

 「価値づくり」は一見、遠回りのように見えるかもしれないが、実はまったく逆である。王道とも言える手法だからこそ確実で早く、効果的である。だが不思議なことに、このことをご説明しても、最初はほとんどの方が不審に思う。巷で言われていることと、ほとんどが逆だからである。

 ・売れ筋を幅広く扱いなさい。

 ・顧客の声を聞いて、それにできるだけ応えるようにしなさい。

 ・付加機能をもっとつけて。

 ・キャンペーン企画を打ち出さなければ…。

 ・新商品を作れ。

 ・いまどきこんなに高いと売れない。低価格帯を厚くして…。

本当にそうだろうか…。私はそうは思わない。本質ではないからである。本質は違うところにある。そしてもっと簡単であり、単純である。あまりにシンプルだからかえって多くの人が気付かないのかもしれない。

 経営がもっとシンプルで楽しく報われるものでなければ、なんのために体をはって経営者などしていられるだろう。もし読者諸兄が、たった一度しかない人生を賭して、報われる事業展開を願うのなら、私は本書を通して喜んでお手伝いしたいと思う。王道を目指して欲しいと思う。本書はそのための実践の書である。

 本書は、長年のコンサルティング活動の集積として、一人でも多くの経営者の方々に報われる事業展開をしていただきたい一心で、23の戦略としてまとめあげた。

 他の経営書と決定的に違う点は、「考えて行動するための書」ということである。そのために、各戦略ごとに「戦略策定シート」を収録した。頭脳から汗が吹き出るほど「自社の価値づくり」戦略について考えに考えぬいて欲しい。それが経営者の仕事であり、その努力は必ず報われると信じている。実践を願うのみである。

 本書の執筆に当たり、日本経営合理化協会出版局の五藤万晶氏には、本書の構成にご尽力を戴いた。また弊社社員板摺綾子には、校正ならびに情報検索などにおいて多大なる協力を得た。この稿を借りて厚く御礼申し上げる。

平成14年12月吉日
酒井光雄
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日本経営合理化協会 出版局 TEL:03-3293-0041