25才で人生計画を立て、貧しい学者生活の中から蓄財に励み、40才にして百億円余りの資産を築くも、60才でほとんどの財産を寄付する。 百年の計で明治神宮の森を造り、日本初の林学博士にして、国立公園の生みの親といわれる。また、渋沢栄一、安田善次郎、後藤新平、諸井恒平ら当時のトップ実業家の顧問として活躍する。 その堂々たる金銭哲学は、昭和27年没後も渡部昇一氏をはじめ多くの人を魅了してやまない。